せっかくですので、物価比率の国際比較もしてみましょう。
図6は主要先進国と中国、インドの物価比率を表しています。米国が基準(1.0)で、各国の物価がその何倍に当たるかという数値で表されています。
日本(青)が顕著な変化をしていますので、注目してみましょう。日本の物価比率は、プラザ合意を機に急激に高まり1995年には1.85と米国の2倍近くに達します。
つまり、このときの日本は、他国から見れば非常に物価水準の高い国だったのです。日本から見れば、他国の物価が安く感じられたはずです。日本の企業が海外の一等地のビルを購入したなどと話題になったのも、このころのはずですね。
一方で、日本の物価比率は1995年をピークとして、アップダウンしながらも下落傾向が続きます。これは、為替レートの変化もありますが、他国で物価上昇が続いたのに対して、日本の物価が停滞を続けたことが大きいようです。
相対的に海外との物価差が是正されていき、近年では英国やドイツ、フランスと同程度となっています。逆に言えば、これだけ円安の進んだ2022年、2023年でやっと他の主要先進国並みになったということです。
1990年代の日本が海外から見ればいかに物価が割高だったか、言い換えればいかに円高だったかがよく分かりますね。
そのような国で生産した製品は、輸出しようとしても他国から見れば割高になりますので売りにくくなるわけです。製造業としては、割高な日本で作るよりも、海外で生産した方が合理的となり、海外移転が本格化する動機にもなったと指摘されているようです。
また、近年では他の主要先進国も軒並み米国の水準を下回ります。それだけ、購買力平価で換算された数値は割増しされることを示します。つまり、物価比率が低い分だけ、図3、図4で確認した通り、為替レート換算値よりも、購買力平価換算値の方が高く計算されることになります。
今回は皆さんもよく目にする購買力平価についてご紹介しました。購買力平価とは、「通貨コンバータであり空間的価格デフレータである」という意味が、直観的にもご理解いただけたのではないでしょうか。
より分かりやすい表現をすれば、購買力平価とは「物価を米国並みにそろえた上で数量的な数値に変換するための通貨の換算レート」です。為替レートによるドル換算値よりも生活実感に近い比較ができます。ただし、用いる上での注意点もあります。
1つ目は、GDPベースの購買力平価は、GDPの構成比に合わせた通貨の換算レートになっている点です。
基本的にGDP、1人当たりGDP、労働者1人当たりGDP、労働時間当たりGDPなど、GDPに関わる指標が対象として想定されているようです。所得などの換算用には家計最終消費支出の購買力平価が用いられますし、現実個別消費には現実個別消費の購買力平価が用いられます。OECDで公開されている時系列の購買力平価はこの3種類となり、使いどころが異なる点に注意が必要です。
2つ目は、購買力平価は、比較する両国で製品やサービスが同じ価値を持つことを前提にしている点です。これを一物一価の法則と言います。しかし、モノやサービスが全ての国で同じ価値を持つとは考えにくいですし、そもそも同じ製品が両国で流通しているとも限りません。部分的であれ代替品での価格比較を計算に組み込むことになります。
つまり、購買力平価には、少なからず品質や機能/性能などが厳密に反映しきれていない可能性があります。また、地域が大きく異なる国同士の比較にはあまり適さないという指摘もあるようです。
当然、多くの研究者などによって、より正確な比較ができるような努力が日々続けられているわけですが、これらを頭に入れた上で指標を眺めるのが良いと思います。購買力平価と為替レートの比率を計算すると、海外から見たときのその国の物価水準を表現する物価比率という指標となることもご紹介しました。
日本は急激な円高もあり、物価比率が極端に高まった時期から、徐々に低下し近年では他の主要先進国と変わらない水準となっている事も分かりました。つまり、日本はかつてのように割高な国ではなく、むしろ割安な国に変化していることになります。この傾向が続けば、当然海外とのビジネスの関係も変化していくのではないでしょうか。
皆さんもぜひ、購買力平価や物価比率の今後の推移にも注目してみてください。
今回は購買力平価の概要をコンパクトにまとめてお伝えしましたが、より詳しく知りたい方には共著にて論文にまとめてあります。よろしければ、ぜひご参照いただければ幸いです。
小川真由・朴勝俊(2024)「購買力平価(PPP)とは何か―OECD データで確かめるその指標の定義と動き―」『総合政策研究(関西学院大学)』No.69,pp.97-116
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⇒前回連載の「『ファクト』から考える中小製造業の生きる道」はこちら
小川真由(おがわ まさよし)
株式会社小川製作所 取締役
慶應義塾大学 理工学部卒業(義塾賞受賞)、同大学院 理工学研究科 修士課程(専門はシステム工学、航空宇宙工学)修了後、富士重工業株式会社(現 株式会社SUBARU)航空宇宙カンパニーにて新規航空機の開発業務に従事。精密機械加工メーカーにて修業後、現職。
医療器具や食品加工機械分野での溶接・バフ研磨などの職人技術による部品製作、5軸加工などを駆使した航空機や半導体製造装置など先端分野の精密部品の供給、3D CADを活用した開発支援事業などを展開。日本の経済統計についてブログやTwitterでの情報発信も行っている。
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