ビジネスを進める上で、日本経済の立ち位置を知ることはとても大切です。本連載では「スキマ時間に読める経済データ」をテーマに、役立つ情報を皆さんと共有していきます。今回はGDPを「購買力平価」という観点から解説します。
今回は、経済指標でよく耳にする「購買力平価」についてご紹介していきます。参照するのは、OECDの統計データです。
皆さんも経済に関するニュースで、「購買力平価によるGDPは〇〇兆ドル」などと聞いたことはないでしょうか。経済指標の国際比較をする際にしばしば目にする用語ですが、これを腹落ちするように理解するのは非常に困難です。ただし、その概念が分かれば、ニュースや経済統計データを見る際の解像度が増し、理解の幅が広がるはずです。
購買力平価は英語でPPP(Purchasing Power Parities)と表記されます。見覚えのある人も多いのではないでしょうか。購買力平価は、経済指標をドル換算して国際比較する際に使われる通貨の換算レートの一種です。国連や世界銀行、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)、ILO(国際労働機構)などさまざまな国際機関で公表されている経済指標は、いまや購買力平価によるドル換算値の方が主流になりつつあるようです。
購買力平価の考え方は意外とシンプルです。両国で同じ価値と品質を持つ製品があったとします。この製品が日本で100円、米国で1ドルだったとすれば、その換算比率は100円/ドルです。マクドナルドの「ビッグマック」とビッグマック指数が例としてよく挙げられますね。このような個々の価格比率を、GDPを構成する項目の構成比率にまで統合したものが購買力平価と考えれば良いようです。
この考え方は、前回ご紹介した物価指数と似ています。物価指数はある国の中での時系列的な価格変化の統合値です。購買力平価は、時系列ではなく国同士での価格比率の統合値ということになります。
このように計算された購買力平価は、「通貨コンバータであり、空間的価格デフレータである」(OECD-Eurostat Methodological Manual on Purchasing Power Paritiesによる)とされます。
通貨コンバータとはつまり、為替レートのように通貨同士の換算比率であることを意味します。デフレータとは、価格の違いによる影響を排除して、数量的な実質値を計算するために用いられる物価指数のことです。例えば、物価指数の1つであるGDPデフレータは、国ごとの時系列的な実質値を計算するための指数ですので、「時間的価格デフレータ」とでも表現すべきものです。
一方で、購買力平価には国家や異なる地域、都市間での物価水準の違いを排除するという意味合いがあります。空間的な実質値を計算するための物価指数、つまり空間的価格デフレータであるということです。
購買力平価を用いて通貨単位を換算すると、各国の物価水準を基準となる国にあわせて、数量的な経済規模の比較をする数値になります。ここでは、数量的=実質的ということです。
この「実質」という考えが経済では重要とされますが、購買力平価で換算した数値は実質的な比較をするための数値だとは、あまり知られていないようです。この意味を知った上で、実際の統計データを眺めてみると、その解像度がぐっと増すのではないでしょうか。
具体的な統計データを可視化しながら、為替レートと購買力平価の違いについて理解を深めていきましょう。ちょうど最近になって2023年のGDPに関するデータが更新されましたので、最新データのご紹介も兼ねられると思います。
まずは、各国のGDPを為替レート(年平均値)で割ってドル換算したグラフからです。
図1が各国のGDPの為替レート換算値です。2023年に、ドイツのGDPが日本を抜いたと話題になりましたね。
2023年のドイツ(緑)のGDPは4兆4600億ドル、日本(青)は4兆2100億ドルで、確かにドイツのGDPが日本を上回っています。これは日本の為替レートが2022年、2023年と円安となったことが大きく影響していますが、それでも人口が日本の3分の2程度のドイツにGDPで抜かれたと衝撃を受けた人は多いようです。
米国(赤)のGDPは圧倒的な値で、しかも増加傾向が継続しています。2023年には27兆3500億ドルと日本の7倍近くという水準です。1995年には1.5倍程度だったので、30年に満たない間に大きく差が開いたことになります。
中国(薄ピンク)はここ3年ほど足踏み状態ですが、2023年で17兆7900億ドルと、日本の4倍以上の水準に達しました。
日本のGDPは1995年にピークとなり、その後アップダウンを繰り返しながら横ばい傾向が続いています。ドイツ以外にも英国やフランスなどとの差も縮まっていることが分かりますね。インドとの差も縮まっていて、2025年には抜かれるのではないか、という推測もあるようです。
このように、為替レートによるドル換算値は、為替変動の影響を受け、その時々のレートに応じた「時価」のように振る舞う側面もあります。続いて、購買力平価によるドル換算値を見てみましょう。
図2が各国のGDPの購買力平価によるドル換算値です。為替レート換算値とは様相が異なっていることが分かるでしょう。
まず、2023年の中国のGDPが34兆6400億ドルと、米国の27兆3500億ドルを抜いて世界1位となっています。インドのGDPも11兆3200億ドルで、日本の6兆2500億ドルを抜いて第3位です。一方で、ドイツのGDPは5兆8500億ドルとまだ日本を超えていません。
なお、米国のGDPは為替レート換算値と全く同じですが、これはドル換算用の購買力平価が米国を基準としているためです。
先ほどもご説明した通り、購買力平価によるドル換算値は米国の物価水準にそろえた上で、各国の数量的=実質的な経済規模を推定した数値となります。つまり、実質的な経済規模ではすでに中国は米国を、インドは日本をそれぞれ上回っているわけです。
所得水準の低い国ほど購買力平価換算値は割増しで評価され、スイスやノルウェーなど所得水準の高い国ほど割り引かれて評価される傾向があります。
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