GDPの「実質値」と「名目値」とは何なのか?小川製作所のスキマ時間にながめる経済データ(26)(3/3 ページ)

» 2024年08月29日 05時30分 公開
前のページへ 1|2|3       

実質値の「意味」を考える

 このように、日本では実質的には成長が続いてきたことになります。近年ではデフレも解消されていて、他国と同様にGDPの名目値が拡大し、物価が上昇しながら、実質値も緩やかに拡大するという循環に入っていることが確認できます。

 数値の見方で気を付けていただきたいのは、実質値も単位が「兆円」と金額ベースでの表記になっている点です。数量的な変化を表しているのに、単位が金額を表す通貨単位になっていることを不思議に思う人も多いのではないでしょうか。

 この解釈の仕方について考えてみましょう。物価指数はあくまでも、物価の変化を基準年に対する指数として表現したものになります。

 物価指数そのものに「円」などの単位はありませんので、金額を単位の無い指数で割れば、計算結果は金額となります。計算としては当たり前ですが、その意味を理解するのにはもう少し考えてみなければいけません。

 実質値の意味とは、物価を基準年で固定したと仮定した場合の、数量的な変化を金額で表したものです。つまり、その年の経済規模を、基準年の物価で置き換えて金額として表現することになります。

 例えば、2023年の日本のGDP実質値は558.9兆円ですが、本当にその金額の経済活動だったかというとそうではなく、名目値である591.9兆円が実際の金額となります。

 実質値の558.9兆円というのは、2015年におけるGDPの名目値を数量的な基準値として見立て、2023年の物価を2015年の物価に置き換えて考えてみれば、2023年の数量的な経済規模は558.9兆円に「相当する」という意味になります。本文でも実質値を、「数量的」と表現してきたのはこのためです。

 このように、実質値とは数値そのものよりも、時系列での相対的な関係性で見るべき数値となります。本来は、基準年からの伸び率や、前年からの増減率で見ると本質的な数値の使い方となるのかもしれません。

実質値を見る時の注意点

 経済では特に「実質」が重視されます。物価指数という指標を推定し、これにより名目値から推定したのが実質値です。

 ただし、この物価指数に、製品の機能/性能まで含めた価格変化が厳密に反映されているかと言えば、必ずしもそうとは言い切れない面があります。

 短期間で目覚ましい性能向上を遂げている、コンピュータを例にとりましょう。このような性能の変化が激しい製品などは、製品そのものの価格だけではなく、性能あたりの価格が物価の計算に盛り込まれるようです。

 つまり、コンピュータなどの物価は性能の急激な向上により、単位性能あたりの大幅な価格下落という形で観測されます。逆に言えば、コストあたりの性能向上が目覚ましいということです。その分、私たちの享受する数量(処理量)が劇的に増えているわけです。

 同じことが、通信機器における通信速度にも当てはまります。私たちは、かつてよりも膨大な情報量、通信量を消費しています。これらについては計算上、物価の大幅な下落による、実質値の増加として計算されることになります。

 このように、製品の特性なども考慮した上で、より現実的な変化を盛り込んで物価指数が計算されていることになります。

 一方で、製品の安全性や、機能/性能、出来栄え、満足感などについては、どうしても物価指数という指標から零れ落ちてしまう要素もあるようです。すでに新しい製品が出ていて主流の品質/機能は移っているのに、物価の調査対象が旧来製品から切り替わっていないといったこともあるかもしれません。

 お客さまにとって心地の良い丁寧な接客を心掛けても、価格や物価には反映されないことも多いと思います。物価とはあくまでも推定値となりますから、厳密なものとは言い切れない点は踏まえておいた方が良いでしょう。当然ですが、その物価指数から計算される実質値も同様です。

 実質値と聞くとどうしても「本当の」とか「真の」といったニュアンスで受け取りがちですが、あくまでも名目値を元にした推定値であることは意識しておいた方が良いかもしれません。

 もちろん、より正確な物価指数の算出を巡って、日々研究者が努力している事は間違いありませんし、実質値は名目値よりもより生活実感に近い数値といえるでしょう。

 経済指標を見る際には、実質値や実質成長率だけでなく、名目値でもどのように変化しているか、両面で把握していくのが重要になります。日本では近年名目値も物価も上昇傾向に転じていますので、実質値の変化がより重要性を増してきそうです。

 これらの前提や考え方を踏まえながら、今後の経済指標の動きを見ると、今までよりもぐっと解像度が上がるのではないでしょうか。

記事のご感想はこちらから
⇒本連載の目次はこちら
⇒前回連載の「『ファクト』から考える中小製造業の生きる道」はこちら

筆者紹介

小川真由(おがわ まさよし)
株式会社小川製作所 取締役

 慶應義塾大学 理工学部卒業(義塾賞受賞)、同大学院 理工学研究科 修士課程(専門はシステム工学、航空宇宙工学)修了後、富士重工業株式会社(現 株式会社SUBARU)航空宇宙カンパニーにて新規航空機の開発業務に従事。精密機械加工メーカーにて修業後、現職。

 医療器具や食品加工機械分野での溶接・バフ研磨などの職人技術による部品製作、5軸加工などを駆使した航空機や半導体製造装置など先端分野の精密部品の供給、3D CADを活用した開発支援事業などを展開。日本の経済統計についてブログやTwitterでの情報発信も行っている。


前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.