なぜデザインは、イノベーション力を向上できるのでしょうか。以下に、経営にデザインを取り入れることによって、企業または製品のイノベーション力が向上する要因をいくつか紹介します。
デザインがイノベーションにもたらす効果
・潜在ニーズの発見
・要素技術の社会実装性の向上
・意思決定力/開発効率の向上
・製品開発力/技術力の向上
イノベーションへとつながる革新的なものを創出する背景には、解決すべき潜在ニーズの発見が欠かせません。そして、古くからデザイナーの強みであり、特性とされてきたのがこの潜在ニーズの発見です。
デザイナーが潜在ニーズを発見する際に実施する行動の一つに「観察」があります。デザイナーは、単に既存の製品や市場を見るのではなく、人々の日常的な行動や使用シーンを丁寧に観察することで、顕在化されていない潜在的なニーズを発見することに努めます。
例えば、手元の荷物をちょうどよい場所に引っ掛けたり、一度押せばよいボタンを何回も押してしまったりなど、われわれは無意識で行動していることがたくさんあります。これら無意識の行動は、ユーザー本人(インタビューやアンケートなど)からは得られない貴重な情報であり、こうした行動の裏側に潜在的なニーズが多く隠されています。
潜在ニーズを発見できるデザイナーの鋭敏な感性と観察力は、新しい価値創造の源泉になり得るのです。
技術がどんなに高度であっても、それを社会が理解し、活用する形になっていなければ社会的価値にはなり得ず、イノベーションは生まれません。従って、要素技術の社会実装によってイノベーションを創出するには、その技術を消費者が理解しやすく、そして使いやすい形にすることが重要です。
ケンブリッジ大学のJames Moultrie(ジェームズ・ムルトリー)氏の調査では、 任意の研究の初期段階でデザイナーを関与させ、研究をどのような分野で実用化するべきかの検討をしました。その結果、“デザイナーの関与が研究の将来的な社会実装に大きく貢献することが分かった”ということが報告されています。この背景には、デザイナーが要素技術と社会のニーズとを照らし合わせ、研究の方向性をより現実的なものに落とし込む働きをしたことが推察されます。
特に工業デザイナーは、技術の可能性と限界を見極める能力が高く、どのようにすれば消費者にとって魅力的で使いやすい製品やサービスとして具現化できるかを提案することが得意です。この特性は、一般的な製品開発においても、製品仕様の落とし所を見つける場で大いに活躍しています。
検証の数が多ければ多いほど、イノベーションの創出可能性は高まるとされています。そして、検証の数を増やすためには意思決定のスピードと開発効率の向上が欠かせません。
デザイナーは製品やサービスの開発プロセスにおいて、その技能を駆使し、視覚化やプロトタイピングを積極的に行います。デザイナーが行う視覚化やプロトタイピングは、チームの認識を合わせるだけでなく、チームの議論を活性化し、製品コンセプトや製品仕様に関する意思決定を迅速化します。
スケッチによる視覚化やプロトタイピングの良さは、その場でアイデアの修正や改善をスムーズに行えることです。具体的な議論を進めながら、修正や改善を繰り返すこの行為は、開発途中の論点や要件漏れを減らすことにも役立ち、開発効率の向上に寄与します。手戻りに多大な時間を費やすこともなくなるのです。
例えば、Appleの「iPhone」の製品開発プロセスでは、デザイナーが早期から関与し、プロトタイピングの手法を使ったことが、成功の鍵であったといわれています。Appleの開発チームは、新しいプロジェクトを始める際はプロトタイピングを活用し、何度も何度もフィードバックを受け取りながら、多くの反復を経てアイデアを進化させていくことを重視しています。これによって、顧客の要求する複雑なニーズに対して、iPhoneという優れた仕様と品質を兼ね備えた製品を創り上げました。
革新的な製品の開発に“組織の製品開発力/技術力が欠かせない”ことは言うまでもありません。そして、組織の製品開発力の向上には技術者とデザイナーとの連携が重要です。
技術者は、自身の専門性を生かし、製品の機能性や性能向上に寄与します。一方で、デザイナーは先述の通り、顧客視点、製品の使いやすさや美しさを追求します。この技術者とデザイナーとの協働によって、初めて、機能的かつ魅力的な製品を生み出すことができるのです。
日本の家電メーカーの特許約7万5000件を分析した研究では、デザイン部門所属者を含む特許の技術的/商業的な質が、他の特許に比べて平均的に高い傾向にあることを定量的に示しています。つまり、デザイナーの関与は、製品の美観への貢献だけでなく、組織の技術的な能力の向上にも貢献しているといえるのです。
今回解説したように、元来デザインが持つ特徴や専門性は、企業のブランド力やイノベーション力の向上に寄与し、企業競争力の強化において重要な役割を果たします。これが経営にデザインを取り入れる意味であり、デザイン経営の期待する効果です。
国内のデザイン経営の認知は、欧米と比較すると高いものとはいえません。しかし、昨今では日本企業においても、デザイン経営の重要性が徐々に認識され、導入事例が増えつつあります。先進企業では、デザイナーが経営層に参画し、企業戦略の立案から製品開発、マーケティングまでの全プロセスにおいて活躍している事例も出てきています。
日本の製品やサービスが競争力を獲得し、世界と渡り合っていくためにも、デザインが日本企業の経営に対して、より一層貢献していくことが期待されます。 (次回へ続く)
菅野 秀(かんの しゅう)
株式会社346 創業者/共同代表
株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他
≫株式会社346
≫ブログ
≫X[旧Twitter](@can_know)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.