性能予測プロセスにはびこる古い自動化ソフト 住友ゴムは生成AI導入で変革目指す製造IT導入事例

Google Cloudは2024年3月7日、同社が展開する企業向け生成AIサービスの活用などを発表するイベント「Google Generative AI Summit Tokyo」を開催した。本稿では住友ゴム工業 研究開発本部 研究第一部長の角田雅也氏による、「製造業における生成AIを使った業務効率化への取り組み」と題した講演を取り上げる。

» 2024年03月11日 10時00分 公開
[池谷翼MONOist]

 Google Cloudは2024年3月7日、同社が展開する企業向け生成AI(人工知能)サービスの活用などを発表するイベント「Google Generative AI Summit Tokyo」を開催した。本稿では住友ゴム工業 研究開発本部 研究第一部長の角田雅也氏による、「製造業における生成AIを使った業務効率化への取り組み」と題した講演を取り上げる。同講演では、製品設計のシミュレーションプロセスにおける、生成AIやGoogle Cloudを活用した業務改善の事例を紹介した。

解析のため多言語複数ツールが乱立する状態に

 住友ゴム工業では近年、タイヤ製品の設計業務における初期過程で、車両メーカーとデータをやりとりしつつ作業を進めるため、デジタル化の取り組みを進めている。タイヤ製品の設計では、自動車の走行時の摩耗率や空気抵抗、雨天走行時の走行性能などをシミュレーションする必要がある。タイヤ製品以外にもゴルフボールやクラブの開発でシミュレーションを活用している。

住友ゴム工業の角田氏 住友ゴム工業の角田氏

 流体解析や動的/静的構造解析、音響解析や機構解析など多岐にわたる用途に合わせて、多数の解析ツールを運用している。さらにシミュレーションのモデル作成プロセスや、計算結果のグラフ化やモデルへの着色といった処理の自動化を行うために、PythonやPerl、Fortranなどさまざまな言語で作られた自作ソフトが150個以上存在し、10種類以上が同時に稼働する状況となっている。角田氏は「予測シミュレーションはC++で、計算結果の処理はPythonで実行するなど、多言語を使いこなさないといけない」と説明する。

 角田氏は予測シミュレーションの手法を開発する部門に属しているが、上記のような状況から幾つかの課題に直面していた。

 まず、シミュレーションソフトごとに用いるプログラム言語が異なるため、マルチリンガルであることを余儀なくされる。また、住友ゴム工業では熟練のプログラマーが入社するというよりも、入社してからプログラミングを学ぶ例が多く、「こうしたソフトウェアがあれば業務効率化できるなと思っても、簡単には作成できず、実現できなかった」(角田氏)という。加えて、30年ほど前にFortranやPerlなどで作成されたソフトウェアも多く、今後の保守性に難があった。

 このため生成AIを用いて「コードの自動生成」と「プログラム言語の変換」を実現して業務効率化が図れないかを検討する部門横断チームを2023年10月ごろに発足した。Google Cloudを介してGoogleの対話型AI「Gemini」を活用することで、顧客データをAIの再学習に利用しない、セキュアな生成AI利用環境を整えた。

コードの自動生成とプログラム言語の変換を検証

 実際のGoogle Cloud上の開発環境では、マイクロソフトのVisual Studio Codeをベースに、Geminiとのチャット画面、プログラム画面、Jupyter Notebook、Linuxのターミナル画面を1つの画面内に収め、生成AIの利用と実行結果の確認が行える構成にした。プログラム画面上では「3Dプロットを表示する」などという形で、Geminiからの提案が表示されており、選択すると提案に沿ったコードが自動作成される。

 角田氏は実際の使用時の流れを紹介した。例えば、「CSVデータを読み込み3D Plotを描画するプログラムをPythonで書いて」と指示したとする。作成されたコードを基に、数度のやりとりを経てエラー修正を行い、プロットする点のサイズを変えてほしいなどとリクエストをするだけでプログラムが「結構簡単に」(角田氏)完成する。

 単体テスト用のプログラムを作成してもらうこともできる。角田氏は「生成AIが作ったプログラムは信用できないという人もいるかもしれないが、信用できるようにするためのテストを作ってもらえばいい」と説明する。

 プログラム言語の変換に関しては、幾つかの言語間で変換ができるかを検証した。まず、PerlとPythonなど同じスクリプト言語間では生成AIを介した直接的な変換が成功しやすいことを確認した。一方で、角田氏は「何度か試したが、私は変換がうまくできなかった。そうした場合は社内の有識者に聞くしかない」とも述べた。ただ、生成AIである程度まで変換作業を進めることで、アドバイスをする有識者側の負担軽減につながっているのではないかとも指摘する。この他、MATLABで作成した信号処理プログラムをPythonに変換する検証も行い、実際に可能であることも確認した。

 一方で、FortranからPythonといった、コンパイラ言語からスクリプト言語への変換は「生成AIに断られてしまった」(角田氏)という。そこで回避策として、コンパイラ言語のプログラムの内容を「ヘッダと変数宣言」「バッチファイルの作成」といった具合に要約する作業を生成AIに依頼して、その内容を基にPythonによるコード生成をさらに依頼するという方法を検討した。変換前後で幾らかの手直しは必要になるが、「Pythonが得意であればうまくいく」(角田氏)とした。

全体的なプログラミング能力の底上げに利用

 Google Cloudを活用することで、エンジニアが作成したプログラムの保守も容易になった。セキュアな環境で自作したソフトウェアをWebアプリケーション化することで、社内への配布ができる仕組みを整えた。アプリケーションのアップデートも同様の仕組みで行える。コンテナを実行する基盤であるCloud Runを介して、必要に応じてGeminiにアクセスすることで、コスト発生をアプリケーション使用時のみに抑えられるようにした。

 角田氏は「大規模言語モデル(LLM)のアップデートはとても早い。進化に合わせてアジャイル開発を行える環境を構築することは非常に重要ではないか」と語った。実際に3Dプロットアプリや報告書検索アプリ、PDF要約アプリなどをWebブラウザ上で利用できるようにした。

 生成AI活用の今後の展望について角田氏は、「生成AIはプログラミング初学者の手助けとして役立つ。社内のプログラミング能力の全体的な底上げに使っていきたい。この他にも、既存のプログラムの整理や統廃合や、プログラムのWebアプリ化による運用負担の軽減を進めていく」と語った。

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