利用シーンから“逆算”したモノづくり、独自の「ダレスバッグ」に込めた設計思想新製品開発に挑むモノづくり企業たち(10)(1/3 ページ)

本連載では、応援購入サービス(購入型クラウドファンディング)「Makuake」で注目を集めるプロジェクトを取り上げ、新製品の企画から開発、販売に必要なエッセンスをお伝えする。第10回は、兵庫県豊岡市発のファクトリーバッグブランド「ARTPHERE(アートフィアー)」が手掛けた、ダレス構造のショルダーバッグ「TONDO ワイドショルダー」について取材した。

» 2025年05月20日 09時00分 公開
[長島清香MONOist]

市場環境が変わる中、B2B事業で培った技術を生かして新たにB2C製品を作るモノづくり企業が増えている。大きなチャンスだが、今までと異なる機軸で新製品を作る上では大変な苦労もあるだろう。本連載では応援購入サービス(購入型クラウドファンディングサービス)「Makuake」のプロジェクトをピックアップし、B2C製品の企画から開発、販売に至るまでのストーリーをお伝えしたい。

 商品開発において、既に形あるモノを前提に考えることが、新たな発想の妨げになることがある。例えば、鞄(かばん)でいえば「ファスナーで開ける」「左右対称である」「内ポケットの数は2~3個」といった“お決まりの仕様”が思い浮かぶだろう。こうした既成の形に、知らず知らずのうちに思考が縛られ、柔軟な視点を持つことが難しくなってしまうのだ。

 しかし、視点を少し変えるだけで、モノづくりの可能性は大きく広がる。ユーザーが「どのような場面で、何に困っているのか」といった利用シーンを起点に、その課題を解決する手段として製品を設計していくアプローチがその一例である。

 この逆算的な発想で独自の製品開発を進めているのが、兵庫県豊岡市に本拠を置く鞄メーカーのアートフィアーだ。特許を取得した独自構造のフレームを用いた鞄づくりをコアに、ユーザーの課題解決という視点からモノづくりに取り組み、世界最高峰の工業デザイン賞である「iF DESIGN AWARD(iFデザイン賞)」の受賞など華々しい成果を上げている。

 今回は、アートフィアーの森下拓磨氏に、モノづくりにおける視点の変革と、ユーザー起点の開発がどのように実を結んだのかについて話を聞いた。

今回は兵庫県豊岡市発のファクトリーバッグブランド「ARTPHERE」が手掛けるダレス構造のショルダーバッグ「TONDO ワイドショルダー」について取材した 今回は兵庫県豊岡市発のファクトリーバッグブランド「ARTPHERE」が手掛けるダレス構造のショルダーバッグ「TONDO ワイドショルダー」について取材した[クリックで拡大] 出所:アートフィアー

独自のフレーム構造を採用し、「iFデザイン賞」を受賞

――アートフィアー設立の背景を教えてください。

アートフィアーの森下拓磨氏 アートフィアーの森下拓磨氏 出所:アートフィアー

森下拓磨氏(以下、森下氏) アートフィアーは2006年にブランド創設と同時に設立された、60余年のメーカーを親会社に持つ、「鞄の町」豊岡の企業です。

 1990年代に中国製の鞄が台頭したことで、日本製鞄のOEM需要は急激に落ち込みました。それまで問屋からの受注を待っていれば成り立っていた豊岡の工場も、営業力が乏しいまま苦境に陥ってしまったのです。

 こうした状況に対し、「このままでは地場産業が衰退してしまう」という危機感が産地全体に広がり、「豊岡鞄」という地域ブランドを立ち上げる動きが生まれました。

 一方で、私たちはその組合事業に参加しながらも、自分たちのブランドを世界に発信していこうという意識を当初から持っていました。今で言えば“二刀流”のような形です。OEMとは異なる、自分たちの意思で企画/開発を行うモノづくりを目指してアートフィアーを立ち上げた、というのが設立の経緯です。

――アートフィアーの鞄には独自のフレーム構造が採用されていますが、具体的にどのような特徴がありますか?

森下氏 当社のダレスバッグ(※)の大きな特徴は、開口部に採用している独自のフレーム構造にあります。従来の両開き型ではなく、片開き構造とすることで、開閉時の操作性を高めています。ファスナーやマグネットとは異なり、フレームによって高い剛性が保たれるため、鞄の形状が安定し、内部の視認性にも優れています。

 開口部が大きく開くことで、収納物の出し入れがしやすく、片手でもスムーズに開閉できる点も特徴です。この構造は特許を取得しており、それを製品化したのが『ニューダレスバッグ』です。こちらは2009年に、日本の鞄業界として初めて工業デザイン賞であるiFデザイン賞を受賞しました。

ニューダレスバッグシリーズ「New Dulles TOUCH Tough F2」 ニューダレスバッグシリーズ「New Dulles TOUCH Tough F2」[クリックで拡大] 出所:アートフィアー

※補足:「ダレスバッグ」とは、荷物を出し入れしやすい広い開口部が特徴の口金式フレーム構造の鞄。「ドクターズバッグ」とも呼ばれ、医師が往診時に使用する鞄としても知られている。米国の政治家で1950年に国務長官を務めたジョン・フォスター・ダレス氏が同構造の鞄を愛用していたことから「ダレスバッグ」と呼ばれるようになった。

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