MONOistのライブ配信セミナー「サプライチェーンの革新〜資材高騰・部品不足に対するレジリエンスとは〜」で実施した未来調達研究所 経営コンサルタントの坂口孝則氏による基調講演を紹介する。
MONOistはライブ配信セミナー「サプライチェーンの革新〜資材高騰・部品不足に対するレジリエンスとは〜」を11月6日〜7日の両日で開催した。ここでは、セミナーで実施した未来調達研究所 経営コンサルタントの坂口孝則氏による「サプライチェーン・調達の現代的課題と今日からはじめる改革」と題した基調講演を紹介する。
昨今のサプライチェーンは以前に比べて、地政学や自然災害などによるリスクの影響が増大、複雑化している状況にある。講演では資材の調達リスクや価格高騰といった現状を把握して、スムーズに業務を進めるための改革手法などについて話した。
坂口氏はまず、日本の「GDP比鉱物性燃料輸入額」と製造業原価率の年別推移のグラフを重ね合わせてみると、その比率がほぼ同じように推移していると指摘した。
日本では30年ほど前から「モノを売るのは止めて、付加価値やコトを売る」という方向が示されてきた。しかし、依然として諸外国から購入した鉱物性燃料(化石燃料)の価格に左右されていることが分かる。坂口氏は、日系企業は適正な価格で購入した原材料を基にいかに付加価値を向上させて、利益を確保しつつ商品を売るかを考えることが重要だと語った。
続いて、現在の調達/サプライチェーンを取り巻く環境を紹介した。企業がサプライチェーンに関して注意すべき観点は、大きく分けて、災害対応、BCP(事業継続計画)策定、供給構造の戦略的選択、サイバーセキュリティの強靭化、人権順守の4つがあるという。いずれにおいても、調達リスクが幅広く複雑化した現在、自社だけで対策を検討せずに取引先と対話することが必須になりつつある。経験のないリスクに対応するには、既存のベストプラクティスに頼るのではなく、企業ごとに異なるサプライチェーンの理想像を模索していくといった戦略が大切だ。
坂口氏はまず、サプライチェーンの災害リスクを取り上げた。「今後30年で震度5弱以上の地震が発生する」という条件で災害リスクを見てみると、日本のほとんどの地域で50%強の確率で生じ得るという予測がある。サプライチェーン関係者はこうしたデータを前提に、今後のサプライヤー戦略を考えることが必要だ。
具体的な対策としては、防災科学技術研究所が提供する地震防災の情報基盤サービス「地震ハザードステーション」などを基に、各地に広がるサプライヤーの工場のリスクを視覚的に確認するといったものが挙げられる。その上で、レジリエンスの観点からマルチソース化に取り組む際に、本当に二重化の意味があるかの検討をしなければならない。坂口氏は「本当の意味でのマルチソースを実現するために、自分たちのサプライチェーンが寸断されない計画、あるいは見取り図になっているかを確認していただきたい」と提案した。
続いて地政学リスクについては、特定地域からの調達におけるリスクヘッジがポイントとなる。例えば、コンゴ民主共和国での紛争鉱物問題や中国のウイグル自治区における人権問題、ロシアのシベリアにおける強制連行問題、台湾の有事問題などがある。こうした地域からの調達ルートについて改めて考えることが必要だ。
まずはリスクの見える化を行い、現取引先とその下請けなど関連した企業について、地政学的リスクの存在を確かめる。リスクがあれば、少なくともマルチソース化やマルチファブ化を検討し、デカップリング・サプライチェーン(デリスキング対応)を行うことが大切だ。地政学リスクに関する坂口氏の提案をまとめると、「見える化の結果、リスクが高いと思われたときは、その政治的影響に絡み取られないようにセカンドワン、サードワンなどのようにデカップリングできるサプライチェーンを実現しなければいけない」となる。
サイバーセキュリティリスクへの強靭化では、Tier構造の上流から下流まで、サプライヤー全体でセキュリティの向上を図るため、特に「Tier1、Tier2以降の企業に対策の連鎖と圧力をかけ続けなくてはならない」(坂口氏)と指摘する。企業の調達部が情報セキュリティ部門、人事部門などの意見を集約して折衝窓口となり、適切なセキュリティを確保できるように強めに要望することが大切だ。
取引先からの要求がなければほとんどセキュリティ対策を行わない企業も多く、サプライチェーンの末端を構成する企業から重要機密が漏れてしまうこともある。強く対策を要望することが解決のカギとなる。またネットワークからの侵入だけでなく、第三者が物理的に侵入し、セキュリティを侵害した際の対策も考えておかなければならない。
人権侵害リスクについては、米国の違反商品保留命令(WRO)を一例として紹介した。強制労働の疑いのある商品の輸入を米国の全ての税関地点で保留するというもので、強制労働の存在を合理的に示す情報があれば商品を締め出すことが可能となる。米国に続いて欧州でも同様の取り組みが始まるとみられる。実際、ドイツではWROに類似した性質の法律が制定されているという。世界トレンドと化したこの流れは日本にも及ぶと思われるため、国内企業も危機感を持つ必要がある。
近年、資材の不足や納期遅延などが産業全体で深刻な課題となった。対策となり得るのが、部材のアロケーション(割り当て/配分改善)だ。坂口氏はこれを「権威」「量/金額」「人」の3つの側面から考える必要があると指摘した。
権威とは国や行政からの依頼や優先的バックアップによる生産、業界団体からの圧力、親会社からのフォローなどを指す。量/金額は将来の発注量を前提にした納品依頼、それまでの発注額を見返りにした早期の納品、割増料金などのインセンティブを与えた納品などが該当する。
ただ、権威や量/金額といった要素は常に準備し、実行できる企業ばかりではない。だからこそ、これらに増して何より大切になるのが人の要素なのだという。日頃の人間関係によるフォローアップや、役職や職務などのさまざまなレイヤー別に自社と取引先間で定期的にコミュニケーションを行うことなどだ。
坂口氏は著書の『買い負ける日本』(幻冬舎新書)についても触れながら、「なぜ日本が買い負けるのかをさまざまな企業に聞いたが、日系企業の顔が見えないからだということを言われた。商社や仲卸などの業者が中に入り、誰が買ってくれているのか分からないからだ。だから、最終的な納期も後回しにされる。納品の優先順位を高くしてもらうためにも多層レイヤーでのコミュニケーションが重要となる。すでにDXを推進している企業は、改革の結果生まれた空き時間を人間同士の密な交流にも使ってほしい」と訴えた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.