メカ剛性のことばかり説明してきましたが、ヘタなメカ設計をした機械を制御技術で救うことができるでしょうか。図25に示すような水を張ったコップをロボットで搬送する装置を考えます。コップの水面はチャプチャプするのでロボットで運ぶと水がこぼれてしまいますが、人間がやるとこぼれずに済みます。
水面がチャプチャプする振動数は「スロッシング周波数」と呼ばれています。水の物性値、水面の高さ、コップの形状で決まります。図15のゲインG1ないしはG2前段に、図26に示したようなフィルターを挿入します。このようなフィルターを「ノッチフィルター」と呼びます。このフィルターを入れるとスロッシングを抑えることができるとのことです(参考文献[4])。
「なぜ、スロッシングが抑えられるのか」については、連載第7回で取り上げた伝達関数を使って説明できます。図27のようにノッチフィルターでコップに作用する力(加振力)の中のスロッシング周波数成分を除去します。
応答は入力と伝達関数の積だったので、図28に示すようにコップに作用する力とコップ水面変動の伝達関数の積がコップ水面変動となり、図のようにコップ水面変動を小さくできます。
このような技術の用途に鋳物工場の溶湯の運搬があるそうです。溶湯がポチャポチャとこぼれるのは危険ですね。全国の鋳物工場に普及したかどうかは……筆者の調査不足で分かりません。
今となっては、ノッチフィルターは市販のサーボパックに内蔵されていて簡単に利用できます。1軸アクチュエーターの剛性が低く、フィードバックゲインを上げられなくなったときに、1軸アクチュエーターの固有振動数(ないしはゲインを上げたときの発振周波数)のノッチフィルターを入れると効果が期待できます(と言いつつ、今まで筆者はノッチフィルターに頼ったことがないため、その効果について掘り下げてお話することができません……)。
サーボパックのゲイン調整は添付されているソフトが自動で行ってくれます。実際に、ゲイン調整ソフトが動いているときのモーターの音を聞いていると、どうやら固有振動数を探しているようで、ノッチフィルターは「ノッチフィルターを使う」の設定をONにすればすぐに利用できます。筆者の場合、ゲイン調整ソフトの結果をそのまま使うときもあれば、さらに個別にいろいろなパラメーターを調整することもあります。
制御に関しては、ノッチフィルターだけでなく、いろいろな技術が利用できるようになりました。機械の性能は次式で表現できるのではないかと考えます。
掛け算なのでどちらかがゼロだと結果はゼロです。次式となります。
つまり、どちらか片方が下手な設計をしてしまうと、その相手がいくら頑張っても無理なことが増えてしまいます。
制御系に関しては、市販のサーボパックがとても高性能であるため、自身で設計するよりも「市販のサーボパックに頼る」方が得策といえるでしょう。これに対し、市販品では済まないのがメカです。目的に応じてメカ設計が異なり、多くの場合、汎用(はんよう)的なメカではなく自身で設計する必要があります。このようなときに、今回の内容が参考になれば幸いです。
図6のところで、2重ループの説明をしましたが、実は内側にもう1つのフィードバック系があります。モーターにはインダクタンス成分があるので所望の電流を流すのに要する電圧は時々刻々変化します。ここに所望の電流値とするようなフィードバック系あります。
次回から「騒音対策」について取り上げます。 (次回へ続く)
高橋 良一(たかはし りょういち)
RTデザインラボ 代表
1961年生まれ。技術士(機械部門)、計算力学技術者 上級アナリスト、米MIT Francis Bitter Magnet Laboratory 元研究員。
構造・熱流体系のCAE専門家と機械設計者の両面を持つエンジニア。約40年間、大手電機メーカーにて医用画像診断装置(MRI装置)の電磁振動・騒音の解析、測定、低減設計、二次電池製造ラインの静音化、液晶パネル製造装置の設計、CTスキャナー用X線発生管の設計、超音波溶接機の振動解析と疲労寿命予測、超電導磁石の電磁振動に対する疲労強度評価、メカトロニクス機器の数値シミュレーションの実用化などに従事。現在RTデザインラボにて、受託CAE解析、設計者解析の導入コンサルティングを手掛けている。⇒ RTデザインラボ
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