デジタルツインを実現するCAEの真価

振動低減の戦略 〜ばね−マス系の振動【1】〜CAEと計測技術を使った振動・騒音対策(8)(5/5 ページ)

» 2023年06月08日 09時00分 公開
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ばね定数を大きくするときの注意点

 ばね定数を大きくしても、効果があまり出ないことがあります。機械の剛性をばねで表すと、図12のように直列つなぎとなっている場合が多くあります。

ばねの直列つなぎ 図12 ばねの直列つなぎ[クリックで拡大]

 直列つなぎのばね定数は次式でした。

式31 式31

 k1を変えずにk2を大きくして計算してみてください。直列つなぎのばね定数はさほど大きくならないことが分かりますね。つまり、図13のようになっていて、弱いばねだけが伸びてしまいます。

直列つなぎのばねを伸ばしたとき 図13 直列つなぎのばねを伸ばしたとき[クリックで拡大]

 この考察から次のことがいえます。

振動対策のために機械の設計を変更するとき、どこか1箇所でも剛性の低い場所を残していたら効果は出ない

 当たり前のことを書きましたが、この原則が守られていない機械を数多く見てきました。「あるある事例」であって注意が必要です。このような箇所を「剛性弱点」と呼んでいますが、剛性弱点を見つけることが対策のアプローチとなり、対策は剛性弱点だけにすればよいことになります。剛性弱点は実験モーダル解析やCAEソフトのモーダル解析などによって見つけることができます。詳しくは、モーダル解析のところで説明します。

「機械が共振している」ときのアクション

 図9の領域Aではない場合について述べます。つまり、共振状態を避けられない場合です。ばね−マス系の固有振動数は1つですが、機械の固有振動数はたくさんあります。伝達関数を求めて複数ある共振点をうまく避ける方法が考えられますが、これができればそれでOKです。図3に示したインバーター駆動のように、加振周波数に多くの成分を含んでいるときなどは、共振していることを前提とした対策が必要となるでしょう。このようなときの対策方法を述べます。

 式25から共振点の伝達関数の値が分かります。計算例を図7に示しました。ζを大きくする、つまり粘性減衰を大きくすると、共振点の振幅は見る見る低下します。これを利用します。図4に抵抗力を発生させる要素がありました。「ダッシュポット」と呼ばれています。このような部品を機械に取り付ける案が考えられ、いくつか採用例もあるにはありますが極まれです。実際には、図14に示すように、振動している板に制振材を貼り付ける対策がとられることが多いようです。

制振材 図14 制振材[クリックで拡大]

 図14左図は振動する板に制振材を貼り付けた例、図14右図は「拘束層」と呼ばれる剛性の高い板と制振材を貼り付けた例で、共に振動エネルギーを熱エネルギーに変換して振動を小さくするものです。制振材は振動する板の厚さの2〜10倍の厚さにしないと効果が出ないことに注意してください。市販されている制振材の板厚は1〜3[mm]程度なので、この半分の板厚の板が振動している場合に有効です。つまり、ペコペコしている鋼板に有効です。厚い板厚の部品に対してはそれに応じた制振材を用意することになります。市販されている制振材の材質はゴム、樹脂、鉛などです。カタログを見ると損失係数ηが記載されていて、0.1〜1.0の間にあります。損失係数ηは前述したζの2倍です。表1にいくつかの材質のηを示します。

いろいろな材料の損失係数η 表1 いろいろな材料の損失係数η[クリックで拡大]

 わざわざ「制振材」と名の付いた商品を買ってこなくても、適切な厚さの樹脂材やゴム材を機械に貼り付けることで対策ができ、かつコストダウンとなります。

 最後に、筆者の失敗談を紹介します。エポキシ樹脂の構造体の内部に制振層を挿入しました。エポキシ樹脂の含侵時、つまり液体のエポキシ樹脂を注入するときに制振層を内部に入れておきました。図14右図のような構造です。結果、効果はほとんどありませんでした。エポキシ樹脂がもともと損失係数の高い材料なので、その中に制振材を挿入しても効果は出ないのです。制振材を使った方法は、金属板に有効で樹脂構造物にはあまり効果がないようです。 (次回に続く

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Profile

高橋 良一(たかはし りょういち)
RTデザインラボ 代表


1961年生まれ。技術士(機械部門)、計算力学技術者 上級アナリスト、米MIT Francis Bitter Magnet Laboratory 元研究員。

構造・熱流体系のCAE専門家と機械設計者の両面を持つエンジニア。約40年間、大手電機メーカーにて医用画像診断装置(MRI装置)の電磁振動・騒音の解析、測定、低減設計、二次電池製造ラインの静音化、液晶パネル製造装置の設計、CTスキャナー用X線発生管の設計、超音波溶接機の振動解析と疲労寿命予測、超電導磁石の電磁振動に対する疲労強度評価、メカトロニクス機器の数値シミュレーションの実用化などに従事。現在RTデザインラボにて、受託CAE解析、設計者解析の導入コンサルティングを手掛けている。⇒ RTデザインラボ


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