デジタルツインを実現するCAEの真価

振動低減の戦略 〜ばね−マス系の振動【1】〜CAEと計測技術を使った振動・騒音対策(8)(1/5 ページ)

“解析専任者に連絡する前に、設計者がやるべきこと”を主眼に、CAEと計測技術を用いた振動・騒音対策の考え方やその手順を解説する連載。連載第8回では、振動低減に向けた戦略の立案と効果の予測に必要な「ばね−マス系」の特性について取り上げる。

» 2023年06月08日 09時00分 公開

 振動低減に向けた戦略の立案と効果の予測のためには、「ばね−マス系」の挙動を知っておく必要があります。よって、今回はばね−マス系の特性について解説します。

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振動低減の戦略

 振動低減の戦略として、以下の2つが考えられます。

  • 振動源の振幅を下げる(振動源対策)
  • 振動が伝わりにくくする(振動絶縁)

 「振動源の振幅を下げる」ためのアクションは、今回説明するばね−マス系の伝達関数から導くことができそうです。振動が大きい状態としては「加振源の周波数と機械の固有振動数が等しい。つまり、共振している」「振動数が一致していないが共振に近い」「加振源の周波数と機械の固有振動数は全く異なるが振動が大きい」などに分類されるでしょうか。「共振を避ける」アクションは分かりやすく、加振源の周波数と機械の固有振動数を比較し、どちらかを変えることになります。

 それでは、このような問題の対策法の説明のために、ばね−マス系の振動挙動について解説します。

観測される振動の周波数

 振動問題が表面化したら、振動加速度、速度、もしくは変位を測定し、測定データを「FFTアナライザ」に入力することになりますが、そのとき観測される周波数を大別すると以下の2通りになります。

  • 加振源で発生している力の周波数
  • 機械の固有振動数

 回転機器などではモーターの回転数に応じた振動が観測されます。例えば、3600[rpm]で回転するモーターによって観測される振動の時間変化、力の時間変化、力の周波数分析は図1左図のようになるでしょうか。力にはモーターの回転に起因する成分とその高調波成分しかないので、その周波数の振動しか発生しようがありません。連載第7回で説明した移動と停止を繰り返すような機械の場合は図1右図でしたね。このようなケースはあらゆる周波数成分の力が作用するので、機械の固有振動数で振動することになります。図1右下図のような力のことを「連続スペクトル」と呼びます。

振動変位、力の変化、力の周波数分析 図1 振動変位、力の変化、力の周波数分析[クリックで拡大]

 回転機械の場合、「力の周波数と機械の固有振動数が一致する」というアンラッキーなことはめったにありませんが、力の周波数と機械の固有振動数が近いときはたまにあります。このような場合に大きな振動が発生します。その対処法を立案する際に、ばね−マス系の挙動が参考になります。

 回転機械の場合、単に回転数に起因する振動だけではないことがあります。最近はモーターをインバーター制御で動かすことが多くなりました。このような動かし方は「インバーター駆動」といった表現の他に、「PWM(Pulse Width Modulation)駆動」「D級アンプ駆動」「1bit D/Aコンバーター駆動」などと呼ばれます。

 この場合の力の周波数成分を求めてみましょう。これらは、電流の制御はON/OFFだけとしてパルス状に流し、駆動力はパルスの幅で調整するものです。これは数値例ですが、1[Hz]のsin波状の電流をモーターに流したい場合は、図2中段(オレンジ色)のようなパルス状の電圧をモーターに印加します。実際にモーターに流れる電流は、インダクタンス成分などがあるのでオレンジ色の波形と一致しませんが、モーターが発生するトルクは図2下段(黒色)のようになります。図2下段のグラフはオレンジ色のデータをローバスフィルターに通すことによって作りました。図2中段のΔtはバルス周期でこの逆数が「キャリア周波数」と呼ばれるものなります。

インバーター駆動の波形 図2 インバーター駆動の波形[クリックで拡大]

 インバーター駆動で動かしたときの振動の原因となる力が、印加電圧に比例するとしましょう。つまり、図2のオレンジ色の波形を周波数分析します。比較として昔ながらのアナログ回路で1[Hz]のsin波状の電圧を印加したとします。「A級アンプ駆動」ですね。高価で効率の悪い電源回路となります。これを「アナログ駆動」と呼ぶことにして、1[Hz]のsin波を周波数分析します。

 両者を比較したものを図3に示します。アナログ駆動の場合は1[Hz]の成分しかありませんが、インバーター駆動の場合は1[Hz]の成分の他に多くの高周波成分があります。これを「キャリア周波数成分」と呼ぶことにします。振動の原因となる力が多くの周波数成分を持つと、機械の固有振動数と一致する確率が高まり、運が悪ければこの周波数の振動が問題となります。

アナログ駆動とインバーター駆動の力の周波数成分 図3 アナログ駆動とインバーター駆動(PWM駆動)の力の周波数成分[クリックで拡大]

 新幹線「のぞみ号」の運転が1992年に開始されたとき、実家に帰るために乗ったのですが、当時から騒音対策の仕事をしていた筆者には、「あれ? このインバーター音ちょっと大きいな」と感じました。インバーターがギターの弦、車体がギターの箱になる形での音だったのか、この音が問題視されていたのかは筆者の知るところではありませんが、その後、新幹線のインバーター音はとても小さくなりました。

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