全自動口腔ケアロボット「g.eN」を手掛ける早稲田大学発スタートアップのGenics。従来の歯ブラシとは一線を画す革新的な製品の特長や開発の舞台裏、今後の展望などについて、創業者の栄田源氏に話を聞いた。
ロボット技術を応用し、全く新しい歯ブラシを開発するスタートアップがいる。
全自動口腔ケアロボット「g.eN(ジェン)」を手掛ける早稲田大学発の「Genics(ジェニクス)」だ。g.eNは、口にくわえてボタンを押しながら片手で本体を支えるだけで、歯磨きや口腔マッサージが可能なデバイスである。従来の歯ブラシを手に持って行う歯磨きから卒業し、全て機械に任せることで口腔ケアが大幅に楽になる。
大学の研究室で午前中に新しい歯ブラシのパーツを設計し、午後から3Dプリントしている間に別の設計案を練っておき、夕方にはプリントし終えたパーツを装着して検証する――。こうしたサイクルを1000回以上も繰り返し、一から独自のブラシ機構を生み出した。画期的な製品の特長や開発の舞台裏、今後の展望を紹介する。
Genicsの主力製品であるg.eNは、一般的な電動歯ブラシとは異なり、人間が手や腕を大きく動かす必要がない。「機械が歯列に合わせて動く」ことで、上下の歯を自動的に磨く仕組みを実現している。歯ブラシは表面だけでなく歯の裏や歯茎と歯の隙間も磨けるので、動作中は片手で本体を支えるだけでいい。
g.eNの誕生には、要介護の高齢者や障害のある人々が抱える「歯ブラシを手で握って動かすこと自体が難しい」という現実が大きく影響している。筋力や可動域が衰えた高齢者の場合、歯磨きの負担は本人だけでなく介助者にも及ぶ。g.eNを導入すれば、デバイスを片手で支えながらボタン操作をするだけなので、従来のように手や腕を大きく動かす必要がなくなる。利用者が自分で歯を磨けるケースが増えることで、介助負担の軽減も期待できるわけだ。
同様に、筋ジストロフィーやALS(筋萎縮性側索硬化症)などで手や腕の可動域が制限される人にとって、歯磨きは日常生活の中でもトップクラスに困難な行為だといわれる。従来の電動歯ブラシも手先での保持や腕の上下動が不可欠なため、誰かに磨いてもらう場面が多かった。しかし、g.eNであれば口に加えた状態で本体を軽く支えるだけで歯磨きが完結する。必要最小限の動きで済むため、家族やヘルパーのサポートに頼り切らずに済むメリットがある。
さらに、g.eNには歯ブラシのパーツを付け替えることで頬や口内をマッサージする機能が備わっている。ユーザーへのヒアリングを進める中で、うまく歯を磨けない子どもに対しては、口腔機能の発達支援が欠かせないことを突き止めたのだ。
日本小児歯科学会での一部調査報告では、幼稚園児から小学生低学年までの約3~4割が常時口呼吸(お口ポカン)の傾向を示すとの報告がある。そのうちの一定の割合が、そしゃく力(かむ力)の未発達や顎機能不全につながっていると考えられ、専門家の間では早期の口腔機能トレーニングの必要性が指摘されている。
こうした子どもに対して、従来は指/綿棒でのケアや、舌を使ったセルフトレーニングを行うが、抵抗感を示したり、そもそもセルフトレーニングするほど口腔周りの筋肉が発達していなかったりするケースもある。しかし、g.eNを使って物理的に頬を刺激すれば、従来のケアやトレーニングを始める前の予備トレーニングに使えるのだ。
従来の歯ブラシや電動歯ブラシとは異なる形状だが、障害のない人や子どもであればチュートリアル動画を見て試した翌日から使えるようになるという。障害のある人や高齢者の場合でも、介助者が1~3カ月ほどサポートすればスムーズに使えるようになるという。
現在は、歯磨きに対して何かしらの困難を抱えている人たちを中心にg.eNを提供しているが、将来的には一般層に向けての製品展開も計画している。Genicsが目指しているのは、特定のユーザーに向けた製品開発ではなく、誰でも楽に、確実にできる口腔ケアの実現だ。
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