Genicsの創業者である栄田源氏がロボット技術に熱中するようになったは、高校時代に見た映画『アイアンマン』がきっかけだった。主人公自ら開発したパワードスーツによって人間の身体能力を拡張する世界観に強い衝撃を受け、「誰もが当たり前に使えるロボットを作りたい」と考え、早稲田大学の創造工学部に進学した。
大学院で研究を進めるうちに着目したのが「歯磨き」という分野である。多くの人は毎日当たり前に歯を磨くが、要介護者や障害のある人には思った以上にハードルが高い。「電動歯ブラシ」が世の中に普及している一方、それはあくまで「手で動かす」ことを前提としていた。腕や指先が動かしづらい人にとっては、電動歯ブラシですら「振動を利用する道具」にすぎず、本質的な課題は解決していない。ならば「歯磨きそのものを機械任せにできれば大幅な省力化が実現できるのでは」と考えたのが、g.eN構想の原点となった。
2018年にGenicsを設立し、まずは介護施設や障害当事者のコミュニティーを回ってヒアリングを進めた。「腕を動かせないから歯磨きができない」「介助する側も負担が大きい」「口を開けることすら難しいケースがある」――。こうした生々しい声をじかに聞いたことで、栄田氏は「実際に課題を抱えている人に本気で役立つプロダクトを作らなければ意味がない」と確信したという。映画世界のヒーローに憧れる気持ちと、目の前の社会課題の深刻さが結び付き、本格的に全自動口腔ケアロボットの開発へ舵を切ることになった。
g.eNの最大の革新は、ほぼ腕を動かさずに歯を磨けるよう「歯ブラシそのものをロボットが動かす」設計を採用した点にある。機械任せに歯列を磨く以上、バネや可動パーツを活用して歯肉への押し付け力を微調整し、歯の裏側や隙間まで磨けるようにしなければならない。かつ、強すぎれば痛みや出血を引き起こし、弱すぎれば汚れが落ちない。この絶妙なバランスを保つために、3Dプリンタをフル活用した試作と検証の反復が欠かせなかった。
朝のうちに3D CADソフトを用いて新たなブラシ形状やバネ構造を設計し、昼前には3Dプリンタにデータを送る。プリントが終わるまでの数時間で別の設計案を練っておき、夕方から夜にかけてプリントが完了したパーツを組み立てて口に入れるテストを実施。翌朝までに結果をまとめ、また違う形状を検討する――というサイクルをひたすら繰り返した。午前中のアイデアが、その日のうちに「合わない」と分かることは日常茶飯事だった。
「歯列は個人差が非常に大きく、歯が何本残っているか、どれだけ隙間があるかなど、想定すべきパターンが膨大だ」と栄田氏は語る。シミュレーションソフトのみで最適解を探すのは事実上不可能で、結局は「実物を作って、口に入れて確認」する以外に道がなかった。この段階では試作機が「痛くて血が出てしまった」「巨大すぎて口に入らない」といったトラブルも多く、開発メンバー3人で試作を重ねたという。こうした、永遠に続きそうな試作サイクルを何度も繰り返し、g.eN独自の歯ブラシが完成した。
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