インダストリー5.0時代に生きる道、日本型プラットフォームビジネスの論点インダストリー5.0と製造業プラットフォーム戦略(5)(5/5 ページ)

» 2023年05月09日 07時30分 公開
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インダストリー5.0が日本企業にもたらすチャンスとは

 日本は、2016年に「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」を意味するSociety 5.0を打ち出し、世界でも大きな注目を集めた。

 欧州委員会のIndustry 5.0のレポートを見ると、Society 5.0は関連する先行コンセプトとして触れられており、2016年当時から人間中心や社会との持続可能性を提唱している点は評価に値する。また、サステナビリティでは日本企業は「三方よし」の考え方をはじめ以前から社会や環境との共生について文化的に定着している。さらに、人間中心への流れにおいても、日本の現場は「人」に重きを置き、自律的な気付きや行動を重視してきた経緯がある。レジリエンスの観点で見ても、災害時に製造現場が自律的に対策を講じ、圧倒的なスピードで復旧を進める姿は世界に驚きを持って伝えられてきた。

 このように日本では以前から根付いていることや取り組んできたことが、インダストリー5.0では世界的に求められるようになっており、あらためて日本の強みや潜在能力が競争力として認められる可能性が生まれている。特に「人間中心」のコンセプトは、欧州においても試行錯誤の段階にあり、日本が培ってきた現場やオペレーションの在り方がそのまま世界に対する価値につながる可能性もある。

 しかし、その「実効力」に目を向けた場合、日本の取り組みでは懸念される部分が多いのも事実だ。グローバルで第5次産業革命の展開スピードが速まる中、Society 5.0のコンセプトを世界に広げていくためには、グローバルでの仲間作りが必要だ。しかし、現状ではこうした動きは一部に限られており、世界に主導的に発信できる状況にはなっていない。

 産業ビジョンとして「いかにグローバルでの仲間作りをしていくのか」「標準化活動を進めていくのか」などを早急に形にしていく必要がある。いかに優れた産業ビジョンやコンセプトを提唱していたとしても、グローバルで異なる標準が普及してしまうと、自国産業の競争力を失ってしまうからだ。

 第2回の「グローバルで進むインダストリー5.0、その意味とインパクトとは?」などでも示した通り、すでにインダストリー5.0でもグローバルでの標準化に向けた連携や主導権争いが行われている。ドイツは企業による海外展開とともに、連邦政府による国家レベルでのパートナーシップの推進や、州政府による他国へのプロモーション、フラウンホーファー研究所などの研究機関による技術供与や共同研究などを展開しインダストリー4.0をグローバルに浸透させた。インダストリー5.0時代において、日本が「企業の競争力以前のゲームのルール形成」で負けないように、Society 5.0をはじめとしたグローバルでの仲間作りや標準化活動が求められている。

インダストリー5.0時代の日本企業に求められる「3つのX」

 最後に、インダストリー5.0時代において、企業に求められる戦略の変化についてあらためて触れたい。現在「DX(デジタルトランスフォーメーション)」というワードを聞かない日はない。コロナ禍の影響もあり、デジタル化に後れを取っていた日本企業や社会にとって、今DX化は急速に進みつつある大きなトピックである。

 しかし、DXの内、「D」のデジタル技術そのものに焦点が置かれ、「IoTを活用して」「AIを活用して」という技術や手段の部分のみに重きが置かれてしまっている場合も多い。ただ、DXの本質は「X」の部分にある。企業として何を変え、どのようにありたいのか、何を実現したいのかということにもっと目を向けるべきだ。

 手段としてのデジタル技術は、既に多くの選択肢が生まれ、コモディティティ化により価格も低下してきている。つまり、この領域はそれほど重視しなくてもよくなってきているのだ。そして、重要視すべき「X」がインダストリー5.0時代では一企業の枠に収まらないために複雑化してくるのだ。

 「ビジネス(B:Business)」のみならず、社会課題や地球環境、ガバナンスの「サステナビリティ(S:Sustainability)」、さらには顧客やサプライヤー、株主などとともに従業員、さらにはデジタルビジネスに不可欠な存在となっているエコシステムも含めた「エクスペリエンス(E:Experience)」を考えていかなければならない。これらの3つの領域の「X」により解像度を上げて焦点を当てていく必要があるのだ。

 これを実現するにはさまざまなツールが必要になる。それが、デジタル技術やデザイン思考などになるという位置付けだ。このようにデジタル技術自体は本質ではなく、重要なのはどのような「X」を起こしていきたいのかという点だ。この部分を企業は徹底して議論する必要があるのだ。これからの複雑化するインダストリー5.0時代を勝ち残るのは、この3つのXをやり抜いた企業だ。日本企業がSociety5.0のコンセプトの下、これら3つのXを通じて競争力を再び構築し、グローバル社会から求められ続ける存在となることを期待したい。

photo 図7:インダストリー5.0時代に求められる3つのX[クリックで拡大] 出所:筆者作成

(連載終了)

≫連載「インダストリー5.0と製造業プラットフォーム戦略」の目次

筆者紹介

小宮昌人(こみや まさひと)
JIC ベンチャー・グロース・インベストメンツ株式会社 プリンシパル/イノベーションストラテジスト
慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員

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 日立製作所、デロイトトーマツコンサルティング、野村総合研究所を経て現職。2022年8月より政府系ファンド産業革新投資機構(JIC)グループのベンチャーキャピタルであるJICベンチャー・グロース・インベストメンツ(VGI)のプリンシパル/イノベーションストラテジストとして大企業を含む産業全体に対するイノベーション支援、スタートアップ企業の成長・バリューアップ支援、産官学・都市・海外とのエコシステム形成、イノベーションのためのルール形成などに取り組む。また、2022年7月より慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員としてメタバース・デジタルツイン・空飛ぶクルマなどの社会実装に向けて都市や企業と連携したプロジェクトベースでの研究や、ラインビルダー・ロボットSIerなどの産業エコシステムの研究を行っている。加えて、デザイン思考を活用した事業創出/DX戦略支援に取り組む。

photo 「メタ産業革命」(日経BP)

 専門はデジタル技術を活用したビジネスモデル変革(プラットフォーム・リカーリング・ソリューションビジネスなど)、デザイン思考を用いた事業創出(社会課題起点)、インダストリー4.0・製造業IoT/DX、産業DX(建設・物流・農業など)、次世代モビリティ(空飛ぶクルマ、自動運転など)、スマートシティ・スーパーシティ、サステナビリティ(インダストリー5.0)、データ共有ネットワーク(IDSA、GAIA-X、Catena-Xなど)、ロボティクス、デジタルツイン・産業メタバース、エコシステムマネジメント、イノベーション創出・スタートアップ連携、ルール形成・標準化、デジタル地方事業創生など。

 近著に『製造業プラットフォーム戦略』(日経BP)、『日本型プラットフォームビジネス』(日本経済新聞出版社/共著)があり、2022年10月20日にはメタバース×デジタルツインの産業・都市へのインパクトに関する『メタ産業革命〜メタバース×デジタルツインでビジネスが変わる〜』(日経BP)を出版。経済産業省『サプライチェーン強靭化・高度化を通じた、我が国とASEAN一体となった成長の実現研究会』委員(2022)、経済産業省『デジタル時代のグローバルサプライチェーン高度化研究会/グローバルサプライチェーンデータ共有・連携WG』委員(2022)、Webメディア ビジネス+ITでの連載『デジタル産業構造論』(月1回)、日経産業新聞連載『戦略フォーサイト モノづくりDX』(2022年2月-3月)など。

  • 問い合わせ([*]を@に変換):masahito.komiya[*]keio.jp

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