人に合わせる「人間工学電卓」、カシオはレガシーな製品をどう進化させたのか小寺信良が見た革新製品の舞台裏(24)(4/4 ページ)

» 2023年01月12日 08時00分 公開
[小寺信良MONOist]
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細部にこだわりつつ、変化には寛容に

―― 確かにもはや電卓ってレガシーなものなので、「いつもの感じじゃない」と変な感じがするというか。もうそれで慣れちゃってるから今さら変えないで、っていう意見もありそうですよね。

木村 裏話的な話をすると、傾いた電卓って「私、ちょっとでも変わってると嫌だから、いらない」って言う人が大半なんじゃないかなって思ってました。すごいドキドキしながら評価していただいたんですけど、実際は調査の段階で肯定的に捉えてくださる人がほとんどだったので、その時が一番ほっとしましたね。

―― レジェンド社員さん方も、そこは変えていいポイントだと。

木村 やっぱりレジェンド社員の皆さんは電卓に対するすごい熱い思いがあって、もう0.1mmでも0.01mmでも細部にこだわるみたいな人たちばっかりで、私はすごくリスペクトしているんです。

 その一方で、自分が作ったものが変わるかもしれないけど、私がやろうとしてることに対して、それはやるべきだって言ってくださって。否定するんじゃなくて、進化を後押ししてくれたというかですね、そこまで皆さんポジティブに捉えてくださるのかと。手前味噌ですけど良い会社だなって思いました。

未来の電卓は、どこへ向かう?

―― 今回は右手で打つということを想定した商品ですよね。次は左利きの人に向けて反対側に傾斜したモデルも、というのはあり得ますかね?

木村 どっちの手で使ってるかっていうのは、調査はしてあるんですね。私自身も電卓検定を受けに行ったりとか、電卓大会を視察させてもらったりとかしてるんですけど、市場のデータとか見ても、だいたい75%ぐらいの方が右手で使っています。

 ただ思いのほか、ネット上の声や顧客の反応を調べると「左で打つよ」と言う人も、想定外とは言いませんけど多くいらっしゃいました。これはもう少し市場の声を拾いながら、対応していかないといけないかな、って思っているところです。

 ネット上の反応とかを見て気付いたのは、右手で電卓を使うという方の中には、左利きだけれども、右手でたたいて左手でペンで書いているっていう人もいて。その75%にこうした人も入ってるんだな、というのが意外な気付きでした。

―― そもそも電卓って、世の中的には今どういう扱いなんですかね? 家電でもあるだろうし、文具としての見方もあるだろうし。

木村 そこは商品企画担当になった時にすごく悩みました。ガジェットというかPC周辺機器になるポテンシャルもあるし。電卓もPCのキーボードみたいに、スイッチが好みに合わせたいろんな荷重があったり、あるいはメカニカル方式だったり、静電容量方式だったりと、いろんな方式も全然あってもいいとは思うんですけれども。

―― 今だったらPCのテンキーとして使えるとか、Excelに直接入力できるといった方向性もありますよね。

木村 今Excelで作業されてる方はたくさんいらっしゃって、その傍らで電卓でちょっと計算するっていう方も相当いらっしゃると思います。電卓とPCのコラボレーションみたいなところは、ちょっとメカ設計的な話から外れますけど、機能的に何かちょっとやっていきたいというところもあります。

 今回の人間工学電卓も、これがそのままテンキーになればいいのに、みたいな顧客の反応も多くてですね。もし市場として見込まれるのであればやっぱりやるべきかな、という風にはまさに思っています。


 PDAや携帯電話が登場する前、電卓は一種のポケットコンピュータとして機能していた時代がある。筆者は1980年代、電話番号が記憶できる名刺サイズの電卓を、手帳代わりに携帯していた。テレビ業界では、タイムコードの足し算や引き算ができる特殊な電卓が、タイムキーパーさんの間で大流行した事もある。今でも学校の先生などは、ペーパー試験の合計点を出すといった業務で電卓を使っていることだろう。

 それだけ身近な製品になると、いくら使用頻度が多くても、PCのキーボードのようにタッチや配列にこだわるようなものにはなりにくく、結局は価格競争に落ち着いてしまう。そこでもう一度、打ちやすさ、負担の少なさに注目した製品の研究、開発をやれるのは、やはりリーディングカンパニーならではだろう。

 アナログからデジタルへの転換は、もう一通り終わった。次はレガシーデジタルから、さらにもっと深いところへ踏み込んでいく、そうしたフェーズになってきているということなのかもしれない。

筆者紹介

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小寺信良(こでら のぶよし)

映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

Twitterアカウントは@Nob_Kodera

近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)


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