カシオ計算機でネイルプリンタの開発に携わったメンバーは、シールやハガキ、写真のプリンタ、インクジェット技術、カメラ、関数電卓などさまざまな分野から集まった。企画当初からネイルプリンタをターゲットにしていたのではなく、「曲面印刷技術を新規ビジネスとして育てられないか」というテーマで2009年ごろから用途を模索していた。
個人的な話で恐縮だが、長続きしないことの1つにマニキュア塗りがある。
爪は視界に入る時間が長いので、きれいな色がついているとなんとなく気分がいい。色を選べば、手先の肌色をいきいきと見せる効果もある。誰のためでもない、自分だけのささやかな楽しみだ。しかし、視界に入る時間が長いからこそ、爪が伸びてくると色がついていない部分が目につき、手先を使ううちにマニキュアがはげてきた部分が気になってしまう。さらに悪いことに、爪が長い状態は好きではないので、定期的に短く切るたびに塗り直す必要もある。
きれいに塗った爪を維持するには、はみ出さないように丁寧に色を塗り、乾くまで何も触らずに待機し、乾いたらさらに2、3度重ね塗りするという工程を月に何度もこなさなければならない。また、手作業のため、常に一定の仕上がりになるとも限らない。色が塗ってあってもメンテナンスが行き届かない状態よりは、何も塗らない方が見栄えがいいと諦めてきた。
それでも時々塗りたくなってマニキュアを買っては、挫折してマニキュアをムダにしているが、爪に色を塗りたい欲求はどうしても時々湧く。それなのに定期的な塗り直しを面倒に感じるとは、わがままだと自分でもよく理解している。
だからこそ、印刷するように手軽に爪に色を塗れるネイルプリンタなるものがあると知ったときには驚いた。さらに、女性向けの製品とは無縁なイメージのカシオ計算機がネイルプリンタに参入してくることも興味深く感じた。
「カシオと美容」という異色な製品開発の背景を、開発者たちに聞いた。
カシオ計算機でネイルプリンタの開発に携わったメンバーは、シールやハガキ、写真のプリンタ、インクジェット技術、カメラ、関数電卓などさまざまな分野から集まった。企画当初からネイルプリンタをターゲットにしていたのではなく、「曲面印刷技術を新規ビジネスとして育てられないか」というテーマで2009年ごろから用途を模索していた。
当初はゴルフボールや缶バッチ、コップなどが曲面印刷の対象として挙がったが、決め手に欠けた。「男性向けの製品が強いからこそ、女性向けに美容で、ネイルでやってみたかった」という思いもあり、2011年ごろからネイルプリンタの開発が始まった。複数の試作機を開発し、インクジェットタイプだけでなく、ペンプロッタータイプや、インクジェットとペンプロッターを組み合わせてインクジェットで描きにくい部分をペンで描くハイブリッドタイプを検討した。
最終的にはインクジェットタイプに行き着いた。ネイリストも筆を使ってさまざまな絵が描けることを踏まえ、ネイルプリンタでは筆での描画が難しい写真の転写や、繊細なデザインを実現することにこだわった。また、ハイブリッドシステムにするとサイズが大きくなったり、コストが高くなったりするという懸念もあった。その結果、インクジェット技術が最適だと判断した。
ただ、曲面への印刷は、インクジェット方式にとって不利な条件が多い。通常、紙に印刷するときは、インクジェットヘッドが紙と1.5〜2mmの距離でインクを吐出しており、至近距離で小さなドットを吹き付けることで高品位な印刷が実現している。爪は湾曲しているので、爪の中央で紙と同等の距離でインクを吐出できても、爪の端になるとインクジェットヘッドと爪との距離が5〜6mmに広がる。
この数mmの差で、インクの小さなドットを吹き付けるのが難しくなる。その結果、爪の端の方で図形がゆがんだり、色が薄くなったりしてしまう。また、人によって爪の面積や湾曲は千差万別で、爪の湾曲に合わせてもゆがまずに見えるように印刷する絵を調整する必要もある。高品位な印刷を実現するには、印刷技術だけでなく、印刷対象である爪の形を認識する技術も欠かせなかった。
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