人に合わせる「人間工学電卓」、カシオはレガシーな製品をどう進化させたのか小寺信良が見た革新製品の舞台裏(24)(2/4 ページ)

» 2023年01月12日 08時00分 公開
[小寺信良MONOist]

人間工学的アプローチにたどり着いた理由

―― そうした「セオリー」がある程度決まってきた世界の中で、傾斜角に注目した理由ってなんでしょう。

木村 このプロジェクトは2018年の4月に始まったんですけど、もともとこの電卓って、実は社内では「操作性の向上電卓」って名前だったんですね。わざわざ電卓を使っている方に対して、専用機であるからこそのメリットをより引き出して提供するにはどうするか考えました。

 ただ、「操作性」って一言で言っても、キータッチなのか、液晶の見やすさなのか。キータッチでもストロークの深さなのか、キーの大きさなのか。いろんな要素があって分からなかったんです。そこで、そもそもなぜ電卓ってこういう形でこういう設計になっているのかっていうのを、「カシオミニ」を設計した、もう社員番号100番台みたいな方に「ここはなんで? なんで?」といった具合にヒアリングをしました。

 むやみに新しいものを作りたかったわけではなくて、良くしたいっていうのが目的だったんで、良くする余地ってどの辺にあるんだろう、一方でどこを変えちゃいけないんだろうっていうのを、ヒアリングの中からつかんでいきました。

 それから、そもそも顧客が電卓の何を評価してるのか、なんで専用機を使っているのかっていう評価の要因みたいなところを探る評価構造の分析を始めました。そこから徐々に、やっぱり電卓って打ち間違えなく、早く仕事が早く終わるようにっていうのがニーズの根本にあるなと。だからキータッチがすごく求められてるんだっていうとこまでは、見えてきたんです。

―― PCのキーボードでも、キータッチに関しては非常に繊細な問題として捉えられてきていますよね。電卓のユーザーにもやはり同じようなこだわりがあると。

木村 そこから先、どうやって進めるかということになるわけですけど、いろんなキータッチのものを並べて、ユーザーをたくさん集めてきて、そこから人気順で決めるみたいな方法が一般的かなとは思うんです。けど、一方でそういうやり方をしてしまうと、私がメカ設計者として思い付く範囲でしか改良方法がない。結果としては多分キーのサイズは大きく、キーのストロークは深い、ぐらいの電卓にしかならないだろうと。

 けれども、私としては改善点すら主観を取り除いて、客観的に方法を見つけ出したかった。ですから、一度先入観をなしにして、徹底的に手の動きとか打鍵の強さとかっていうのを、モーションキャプチャーのデータから観察するみたいなことを始めました。

入力の様子をモーションキャプチャーでデータ化[クリックして拡大] 出所:カシオ計算機

―― その観察が、人間工学的なアプローチにつながっていくと。

木村 最初はデータの数字の羅列を目の前にして、これどうすればいいんだろうって感じだったんですけど、そんな中で、「あれ、みんな手が傾いてるぞ」っていうのに気付いて。手は傾いているのに、電卓が傾いていないのはおかしくないかと。この角度を近づけることによって、何かしらのメリットが出てくるんじゃないかっていうのに、ようやく気付きました。

―― 手が傾いているというのは、電卓って脇に置いて使うから、打つ手のひらが若干内側に向いてる、って事ですかね。

木村 そうなんです。言われてみればすごい当たり前のことというか、PCのキーボードでもマウスでもある話なんです。ですけど実際にデータを取ってみて、確かにそうだって確信を得たわけです。

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