非線形解析のフローと幾何学的非線形性いまさら聞けない 非線形構造解析入門(3)(5/5 ページ)

» 2022年08月01日 07時00分 公開
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なぜこれらの応力やひずみの理解が必要なのか

 さて、ここまで応力やひずみの定義を述べてきました。ところで、なぜこれらの応力やひずみを知る必要があるのでしょうか。もちろん、「自分で非線形解析のプログラムを書きたい!」というのであれば、知っている必要がありますが、なぜ一般的な商用解析ソフトを使用する上でも知らなければならないのでしょうか。

 それはつまるところ、そのプログラムが使用する定式化によって、得られる解析結果、すなわち応力やひずみが変わってくるからです。また、入力する情報も変わってくることがあります。このあたりを間違えると、何とも見当違いな状態に陥る可能性があるのです。

 例えば、弾塑性解析を行う場合には、通常弾性解析で用いるヤング率(縦弾性係数)とポアソン比に加えて、塑性域における応力とひずみの関係も必要になります。この情報は、解析ソフトによって異なるかもしれませんが、単純に降伏応力から先で加工勾配を使用したバイリニアモデルを使うか、あるいは、ひずみとそれに対応する応力の点を入力し、そのデータポイント間を線分でつないで塑性域のSSカーブを定義することが多いと思います。

 これらの情報は、引張試験などの実験から得られるわけですが、このような実験データの整理は公称応力と公称ひずみ(工学ひずみ)で定義されることが一般的です。ところが、使用する解析ソフトがCauchy応力と対数ひずみでデータポイントを定義しないといけないとしたらどうでしょうか。アップデートラグランジュ法で解析するのであれば、プログラム内部で使用されるものもCauchy応力と対数ひずみになりますので、入力する応力とひずみもそちらにそろえるということは自然です(これらの値の入力に、どの測度を用いるのかは、ご自身が使用中の解析ソフトのマニュアルなどをご覧ください)。

 従って、そのような場合、実験データの整理に使用したCauchy応力と対数ひずみを、公称応力と公称ひずみに変換してから、材料物性の定義に使用するというひと手間が必要になってきます。

 また、解析結果を評価する場合にも注意が必要です。例えば、筆者が通常使用している解析ソフトの場合、アップデートラグランジュ法で計算された解析結果の応力やひずみもまたCauchy応力と対数ひずみで表示されます。例えば、これらの結果を仮に実験などと比較する場合、これまた公称応力や公称ひずみと比較することになります。ところが、測度の違うものは当然比較になりませんから、きちんと測度を変換してから比較するなどの注意が必要になります。

 そもそも、線形の範囲内で済むような現象であれば、このあたりを意識する必要はないかもしれませんが、非線形の場合、無自覚に応力やひずみを扱っていると問題に直面するケースが考えられますので注意が必要です。

まとめ

 最後に、まとめです。まず、誤解のないように説明しておくと、非線形はよくて、線形はダメという話では全くありません。そうでなければ、こんなに世の中で線形のシミュレーションが使われるわけがありません。要するに、使う場所を間違えるなということです。確かに、世の中の現象は厳密には全て非線形といえます。しかし、部品設計における強度計算が良い例ですが、そもそも大きいどころか、目に見える変形も扱わないケースの方がはるかに多いでしょう。であれば、線形の計算で十分に現実的かつ精度の高い計算を行うことができます。

 このような場合、もちろん非線形で計算を行っても構いませんが、増分計算や収束計算のループが入る分だけ計算コストは高くなります。その一方で計算結果を比較すると、線形で行ったものと実用上の差が見受けられないという状況が予想されます。つまり、コスパの悪い計算になってしまうのです。ただし、大変形大回転を伴う計算では、形状非線形性を考慮せずして現実的な解を得ることは難しい、ということも忘れてはなりません。 (次回へ続く

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Profile

水野 操(みずの みさお)

1967年生まれ。mfabrica合同会社 社長。ニコラデザイン・アンド・テクノロジー代表取締役。3D-GAN理事。外資系大手PLMベンダーやコンサルティングファームにて3次元CADやCAE、エンタープライズPDMの導入に携わった他、プロダクトマーケティングやビジネスデベロップメントに従事。2004年11月にニコラデザイン・アンド・テクノロジーを起業し、オリジナルブランドの製品を展開。2016年に新たにmfabrica合同会社を設立し、3D CADやCAE、3Dプリンタ関連事業、製品開発、新規事業支援のサービスを積極的に推進している。著書に著書に『絵ときでわかる3次元CADの本』(日刊工業新聞社刊)などがある。


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