さて、NHTSAによる自動運転システム搭載車の乗員保護についての規則制定で最も大きな影響を受けるのは中国と思われる。ご存じの方もいると思うが、北京の南西約100kmのところに、「国家千年の大計」として新都市の「雄安新区」が建設されつつある。計画面積は1770km2とほぼ香川県に匹敵するほどの巨大都市である。その最大の特徴は、域内は自動運転車のみしか許可されないことである。
筆者も2018年に訪問したことがあるが、当時はまだ都市が建設開始から間もないということもあり、百度(バイドゥ)アポロプロジェクトの自動運転車が数多くデモンストレーションをしていた。最近では、雄安新区の都市や道路もかなり出来上がってきたためか、2021年8月には「雄安新区におけるインテリジェント・ネットワーク搭載車の道路テストと実証応用のための管理規則(試行用)」が定められ、2022年4月から運用開始している。ただし、あくまで自動運転車を運用するために必要な、車両管理規定、道路の整備状況、事故発生時などの対応を試行することを目的とした規則である。
そして、NHTSAによる自動運転システム搭載車に関する規則が制定されたことから、中国においても米国NHTSA規則を参考にしながら国家規格であるGB/Tとして定め、雄安新区用に適用するのではないだろうか。過去にも、例えば米国カリフォルニア州のZEV規制を参考にして、中国NEV規制を法制化したこともあり、同様な経緯をたどると思われる。
また最近では百度(バイドゥ)が全国8つの都市で、自動運転タクシーの体験サービスを展開している。北京や上海、重慶、広州などでも実施中と聞くと、交通渋滞が激しい地域でも次第に活用できるようになってきているのかと驚くばかりである。
おそらく、中国では雄安新区を自動運転車のショーケースと位置付け、そこで得られた経験や知見を他の大都市に波及させていく方針であると思われる。中国政府は、ハイテクで経済と社会の発展をけん引する「デジタル中国」の建設を目標に掲げていることから、世界で自動運転技術のトップ集団を形成するのではないだろうか。
日本では2022年3月4日、政府が特定の条件下で運転を完全に自動化する「レベル4」の自動運転車の公道走行を許可する制度を盛り込んだ、道路交通法の改正案を閣議決定した。過疎地での無人自動運転による移動サービスなどを想定しており、早ければ2022年度内にレベル4の公道走行が可能となるよう、今国会での成立を目指すようだ。
しかし、図表3に示す通り、米国カリフォルニア州における自動運転車の実証実験では、米国および中国系メーカーが積極的であるが、逆に日系自動車メーカーは走行距離も少なく、実績は少ない。
日系自動車メーカーは日本より欧米中など海外での新車販売比率が高い。先進地域である米国カリフォルニア州、中国雄安新区などで、自動運転システム搭載車が普及し始めると、当初は様子見であっても、次第に自動運転システム搭載車で新技術が開発され始め、出遅れてしまうことを危惧する。また、実際に自動運転システム搭載車を市場投入してみなければ分からないことも多いであろう。
「革命は辺境から起きる」ともいわれる。日本および日系自動車メーカーが「そんな時代はまだまだ来ない」と思っている間に、次第に大きなトレンドになる可能性を秘めている。今回のNHTSAによる自動運転システム搭載車の規則制定は、後で振り返ると自動車に関するターニングポイントであったと思えるのではないだろうか。
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和田憲一郎(わだ けんいちろう)
三菱自動車に入社後、2005年に新世代電気自動車の開発担当者に任命され「i-MiEV」の開発に着手。開発プロジェクトが正式発足と同時に、MiEV商品開発プロジェクトのプロジェクトマネージャーに就任。2010年から本社にてEV充電インフラビジネスをけん引。2013年3月に同社を退社して、同年4月に車両の電動化に特化したエレクトリフィケーション コンサルティングを設立。2015年6月には、株式会社日本電動化研究所への法人化を果たしている。
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