「20世紀中には不可能」とされた自立二足歩行を実現し、現在のヒューマノイドロボットブームの原点となったホンダ「P2」がIEEEマイルストーンに認定された。その後のASIMOなど、形を変えながら脈々と受け継がれるホンダのロボティクス開発のDNAに迫る。
ヒューマノイドロボットの研究開発は今や全世界で活発化しており、AI(人工知能)技術の進化と相まってロボット工学は新たなフェーズに突入している。その源流をさかのぼると、日本企業が生み出したあるロボットに行き着く。
電気、電子、情報通信分野における学術組織であるIEEE(アイトリプルイー)は2026年4月28日、ホンダが1996年に発表した人間型自立二足歩行ロボット「P2」を「IEEEマイルストーン」に認定した。
P2は、生活空間で支援的な役割を担う「人間と共存するロボット」という新しい概念を打ち出すとともに、当時「20世紀中には不可能」とされていた自立二足歩行を実現した、ヒューマノイドロボットの原点となる機体である。この技術的かつ概念的なブレークスルーが、その後のヒューマノイドロボット研究を世界的に加速させる転換点となったことが評価され、今回の認定に至った。本稿では、P2開発の苦難の道のりと、そこから脈々とホンダに受け継がれている最新ロボティクスへの軌跡をたどっていく。
ホンダは1986年4月、30年後の事業を見据えた基礎研究の拠点として和光基礎技術研究センター(埼玉県和光市)を設立した。自動車など2次元の移動体、航空機という3次元の移動体に続く、次世代のテーマとして掲げられたのが、人間に代わって作業を行うことで人間に時間を創出する「4次元の移動体」、すなわち人間型ロボットの開発であった。
プロジェクトは当初、主人の命令に従って雑用をこなす「忠実なマイロボット」を想定してスタートしたが、検討を重ねる中で「人間社会に適合し、人間と共存共栄しながら役に立つ知能移動ロボット」へとコンセプトを深化。階段や段差を含む生活空間において、最大100kgの物体を運搬可能な二足歩行ロボットを、1990年末までに原理実証レベルで実現する目標を掲げた。
元P2開発者で本田技術研究所社友 博士の竹中透氏は、「二足歩行をロボットで自立して行うことは極めて技術的障壁が高く、当時のロボット工学の常識では『20世紀中の実現は不可能』とまで言われていた」と振り返る。それでも開発チームは「人間ができることを機械ができないはずがない」と信じ、研究に着手した。
1987年に開発された最初の実験機「E0」は、動力や制御用のケーブルにつながれた状態であり、機体内部の重りを左右に動かして重心を足裏に収めることで、辛うじてバランスを保つ構造であった。そのため、一歩を踏み出すのには20秒もの時間を要した。歩行に伴う連続的な姿勢変化に対し、いかにリアルタイムで動的バランスを安定させるかが、最初の大きな難関となったのである。
そこで開発チームは人間や動物の歩行メカニズムそのものの解明に踏み込んだ。神奈川県総合リハビリテーションセンターの協力を得て人間の歩行動作解析を実施し、二足歩行の姿勢制御モデルを構築するための基礎データを収集。さらに、旭川医科大 森研究室でのネコを用いた歩行制御中枢の刺激実験から、人間を含む動物の脳には、無意識に歩行リズムを生成する「CPG(Central Pattern Generator:中央パターン発生器)」と呼ばれる神経回路が存在することを解明した。これをロボットの歩行制御システムへ応用し、1990年に開発した「E3」では、時速3kmの歩行に成功した。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
モビリティの記事ランキング
コーナーリンク