当時のE3は足部を固めた形で成功を収めたため、研究所内では別構造の開発が禁じられていた。しかし竹中氏は、足首の踏ん張り制御には柔軟性が不可欠と考え、足部に筒状のゴムブッシュと足底スポンジを組み込んだ、スニーカーのような構造を独自に開発した。竹中氏は「上司には内密に進めた、いわゆる“闇研究”だった」と語る。
この闇研究の成果を取り入れた1991年の「E4」モデルでは、歩行速度が時速4.7kmへと向上した。ゴムブッシュとスポンジが着地時の衝撃を吸収することで床面への追従性が高まり、足裏がペタペタと床に吸い付くように安定した歩行を実現した。
その後、歩行制御のさらなる研究を進め、1995年7月に「大局的姿勢安定化制御」を確立した。これは、人間が転びそうになった際のバランス回復メカニズムを応用したものである。ある程度までは足で踏ん張り、耐えきれない時にはとっさに一歩を踏み出して体勢を立て直すという人間的な動作を、工学的な仮説に基づいてモデル化したものだ。この制御理論の完成により、ロボットは段差や斜面といった変化の激しい環境下でも、安定して自立歩行を継続できるようになった。
そしてホンダは1996年12月、人間型自立二足歩行ロボット「P2」を発表した。身長182cm、身幅60cm、体重210kgという成人男性を上回る体格を持つ機体だ。
最大の特徴はシステムを機体内部に収めた点にある。ハードウェア面では、関節を駆動するアクチュエーターにDCモーターと波動歯車減速機を採用。さらに、外部状況や姿勢を把握するために、視覚カメラ、傾斜計、6軸力覚センサーを搭載した。これにより、巨大な外部コンピュータや電源ケーブルといった「ひも」を排除し、外部接続なしでの自立歩行を実現した。
竹中氏は「国際学会で初めてその姿を披露した際、会場に大きな衝撃を与えた」と当時を振り返る。アカデミアではロボットの移動手段としては車輪型や四足歩行の研究が主流であり、人間サイズの二足歩行は極めて困難と考えられていた。階段の昇降もこなすP2の姿は業界に多大な影響を与えた。
P2に関する技術論文は、後に「過去10年間で最も影響力のあった論文」としてIEEEから表彰を受けている。引用回数は1300回を超え、学術的にも高い評価を確立した。その影響は一企業の開発成果という枠を超え、ホビー用ロボットキットの発売や、大学におけるロボット関連学科の創設、子ども向けロボット教室の普及などにも及んだ。
「SFの世界の話だと考えられていた人間型ロボットが現実のものとなったことで、世界中のAIやロボットの研究者が『自分たちも負けていられない』と奮起し、分野全体の底上げをもたらした。こうした研究の土壌が、昨今のAIの普及やハードウェアの進化と結び付き、現在のヒューマノイドロボットブームへとつながったのではないか」(竹中氏)
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