BYDが日本専用設計の乗用軽EVを国内導入することを決定した。この決定は、合理性に乏しく、割に合わないように感じられる。にもかかわらずBYDは、なぜ日本市場に軽EVを投入するのだろうか。その意図を考察する。
2025年4月24日、BYDは2026年後半に日本専用設計の乗用軽EV(軽乗用車タイプのバッテリーEV)の国内導入を決定したと公表した。確かにインパクトある発表であるが、筆者は考えれば考えるほど、BYDによる日本市場への軽EV投入は合理性に乏しいと感じる。ある意味、割に合わない。
しかし、そこにはBYDにとって高度に戦略化されたマーケティング上の意図が存在するのではないかと推察される。今回は、BYDによる日本市場への軽EV投入が合理性に乏しいと見ている理由と、それでもBYDが描いていると想定される新たな市場戦略について、筆者の考えを述べてみたい。
BYDがこれまで展開してきた開発プロジェクトの傾向を踏まえると、日本市場向けに軽EVを投入するという戦略は、同社の従来の方針とは大きく異なる。どれほど異質なのか考えてみたい。
BYDの2024年におけるBEV(バッテリーEV)およびPHEV(プラグインハイブリッド車)の合計販売実績は427万台であり、2025年は前年比約29%増となる550万台の目標を掲げている。同社の車両は基本的に、特定地域向けに設計されるのではなく、グローバル市場での展開を前提として開発されており、急速な販売台数の成長を支える一端になっているといえる。
また、この方針から外れる形で2026年後半に日本市場専用の軽EVを投入するというBYDの計画は、販売台数の観点から見て不確実性が高い。まず、2024年において、軽自動車市場で最も多くの販売したのはホンダの「N-BOX」であり、年間販売台数は約20.7万台に達する。この年間販売台数を支える同社の国内販売店舗数は約2000店舗に及ぶ。
一方、BYDの日本国内における販売店舗数は2024年時点で約60店舗にとどまっており、2025年末までに100店舗への拡大を目指しているものの、仮にこの目標が達成されたとしても、ホンダの店舗網の約20分の1にすぎない。販売台数が必ずしも販売店舗数に比例するとは限らないが、仮にこの比率を単純に販売台数に適用した場合、BYDの軽EVの年間販売台数は約2万台となる。さらに、BEVという商品特性を考慮すると、実際の販売台数はその半数、すなわち約1万台以下にとどまる可能性が高い。参考までに、日産の軽EV「サクラ」の2024年における販売台数は約2.3万台である。
この1万台という規模は、BYDが2026年に全世界で達成を見込む年間販売台数600万台のわずか0.16%である。BYDの主力車種である「秦」シリーズや「宋」シリーズ(図1)は、それぞれ年間50万台を超える販売実績を有しており、それらと比較すると、日本市場向け軽EVの販売規模は著しく小さい。仮に年間1万台程度の販売にとどまる場合、事業としての採算性や持続可能性は極めて限定的であると考えられる。
数値的分析からも明らかなように、日本市場向けに独自規格の軽EVを新たに開発/投入することは、BYDのグローバル戦略との整合性に乏しく、経済合理性が高いとは言い難い。
軽EVの開発に当たっては、既存のプラットフォームやe-Axleなどの基幹部品を新たに設計/開発する必要がある。バッテリーに関しては、既存のブレードバッテリーを軽自動車規格に合わせて調整することで対応可能と考えられるが、BYDはこれまで小型車の車両を投入してこなかったことから、多くの部品が新規開発となり、相応の時間と開発コストが発生する。
なお、BYDの現行モデルで最も小型の「ドルフィン」(図2)でも、外形寸法は全長4290×全幅1770×全高1550mmであり、日本の軽自動車規格である全長3400mm以下、全幅1480mm以下と比べるとはるかに大きい。
日本市場における軽EVの競合車種としては、日産「サクラ」や三菱自動車「eKクロスEV」などが挙げられる。そして、BYDが新規参入する際には、プレミアムブランドではないことから競合車種よりも価格を抑える必要がある。これは収益性の面で大きな制約となる。ただし、中国国内で生産し、日本へ輸出することで製造コストを抑えるという利点は存在する。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.