本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第8回は前回の続きとして、AIやデータ分析サービス利用に際しての契約締結における留意点を取り上げる。
連載第7回の前回は、スタートアップとのオープンイノベーションに際しての事業化段階の留意点のうち、ライセンスに関する留意点をご紹介しました。
今回は、同じく事業化段階の留意点のうち、利用契約に関する留意点をご紹介します。
⇒連載「スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜」バックナンバー
※なお、本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクトなどの意見を代表するものではないことを念のため付言します。
AI(人工知能)分野において、学習済みモデルをスタートアップと事業会社※1で共同開発した場合、あるいは事業会社の委託に基づきスタートアップが学習済みモデルを開発した場合を想定します。当該学習済みモデルの知的財産権をスタートアップに留保した上でのスタートアップと事業会社間の学習済みモデルの利用に関する契約の類型としては、大別してライセンス契約と利用契約(サービス提供契約)が考えられるでしょう。両契約は、おおむね以下のように区別できます(モデル契約書(AI・利用契約)前文解説参照)。
※1:ここではスタートアップのオープンイノベーションを進める相手方企業という意味。
ライセンス契約:学習済みモデルのプログラム(コード)をスタートアップが事業会社に提供したうえで、事業会社が同プログラム(コード)を複製(場合によっては改変を含む。)・使用する場合※2
利用契約:スタートアップが事業会社には学習済みモデルのコードを提供せず、「APIを通じて事業会社から処理対象となるデータの提供を受けたうえで同モデルを利用した処理結果を事業会社に提供する」という内容の「サービス」を提供する場合
※2:プログラムやソースコードに関する著作物の利用、また、特許発明の実施を伴う場合には当該特許発明の実施許諾を許諾するライセンス契約ということになる。
両者のビジネスモデルを考慮した上で、ライセンス契約か利用契約かのいずれかを検討することになりますが、ライセンス契約については本連載第7回で解説を行いました。このため以下では、利用契約における留意点を紹介していきます。
利用契約においては、提供するサービスの内容と提供条件を特定する必要があります。特定に必要な項目は提供するサービスによって異なります。例えば、データ解析サービスを提供する場合は、以下のような項目が考えられるでしょう。
(1)解析対象データ
(2)解析に用いる学習済みモデル
(3)解析内容
(4)サービスの提供期間
(5)サービスの提供が独占的なものか否か
(6)サービスの提供先が行うべき作業があるか否か(ある場合にはその内容)
(5)について補足しておきます。独占的なものか否かの判断は、解析に用いる学習済みモデルに用いるデータの範囲などとも密接に関係します。例えば、用いられたデータが特定の一社(A社)から提供された、機密性が高く、重要性の高いデータの場合は、A社だけに独占提供するように求められることも珍しくありません。
ただ、こうした行為は、経済産業省/特許庁が発行した「スタートアップとの事業連携に関する指針(以下、事業連携指針)」においても指摘されているように、排他条件付取引、または拘束条件付取引として問題となり得ます※3。A社は、独占提供を求めることを正当化できるだけの事情があるか、慎重に検討する必要があるでしょう。
※3:該当し得る事例として「V社が連携事業者との事業連携の経験を生かして改善したAIは、もともとV社が独自に開発し、その連携事業者の重要な情報は入っていないにもかかわらず、V社は、その連携事業者により、そのAIを他社に販売しないよう制限された」が挙げられている。
また、事業連携指針においては、AI分野において「複数の会社からデータの提供を受けて生成したカスタマイズモデルを利用したサービスを、複数の事業会社に提供する」というビジネスモデルを採用する場合、成果物の利用条件を独占的な内容とすることは、ごく例外的なケース(例えば、ある特定事業領域を事業会社が独占していて、高い収益が約束されており事業会社が高額な利用料をスタートアップに支払える場合)を除いて、スタートアップ、連携事業者の双方にとって非合理的だと指摘しています※4。
※4:「スタートアップは連携事業者以外の企業とも同様の条件で事業展開をすることが一般的であるが、その場合、結果的に個々の連携事業者ごとに別々の成果物が複数並立することになり、管理コストが大幅に増加する(中略)結果、連携事業者にも高い利用価格を提示する必要がある。逆に、非独占的な利用条件として広く事業者が利用できる状態にすることで、スタートアップとしては、カスタマイズモデルを用いた事業展開に制約がなくなるため事業拡大・収益拡大の可能性が高まるとともに、管理コストも一定の範囲に抑えることができるため、連携事業者にとっても低い利用価格でのサービス利用が可能となる。なお、共同研究開発に貢献した連携事業者には利用料金を優遇するといった形で利害調整をすることも検討することが望ましい」という記述がある。
なお、AIの追加学習を行う場合は、モデルの新規開発という側面があるため、以下の項目について内容を定めることも必要になります。共同研究開発のパートナーと共同研究開発の後に利用契約を締結する場合は、以下の項目は、基本となる学習済みモデルの開発時に合意していると考えられるため、異なる内容の合意をするのでなければ、適宜、共同研究開発契約を参照することもあり得るでしょう。
(A)追加学習に用いるデータの範囲
(B)作業頻度・回数
(C)追加学習用データセットの取扱い
(D)追加学習済モデルに関する知的財産権の帰属
(E)追加学習済モデルの利用関係
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