しかし、サービス提供以外の目的でのデータ利用を禁止してしまうと、スタートアップはカスタマイズモデルを複数並行して運用せざるを得なくなります。そうなるとスタートアップは全てのカスタマイズモデルについてメンテナンスを行わなければならず、必然的に管理コストが著しく上昇します。
そのため利用料を高く設定しなければビジネスが成り立たないのですが、事業開始時点の見通しが不透明な状況で事業会社が高い利用料設定に応じることは、ごく例外的な場合(例えば、当該領域を当該事業会社が独占していて、高い収益が約束されている場合)以外は通常考え難いものです。その結果、スタートアップとしては、「将来にわたって低い利用料収入で高い管理コストを賄う」という状況に陥ることになり、事業の発展可能性を失いかねません。
さらに、当該データによって精度が高まったカスタマイズモデルを他の事業会社に提供できないとなると、リソースの足りないスタートアップにとって、複数のカスタマイズモデルを、精度を向上させつつ運用することは容易ではなくなります。サービスの提供先が事実上限定されるため、数多くの事業会社にサービス提供を行って事業をスケールさせるというスタートアップの事業戦略の根幹を毀損(きそん)する可能性があります。スタートアップの事業継続が困難となり、事業会社も継続的なサービス提供を受けることが困難になりかねません。
従って、基本的には、サービス提供以外の目的でのデータの利用を禁止することは、双方にとって望ましいものではないといえるでしょう。ただし、協業全体を通して見た場合に、スタートアップに、サービス提供以外の目的でデータ利用を禁止ずるデメリットを上回るメリットがあれば、この限りではないでしょう。例えば、以下のような事情がある場合が考えられます。
・提供を受けたデータによるカスタマイズモデルがニッチなものであり、第三者への展開が事実上困難であり、スタートアップの事業機会への影響が比較的軽微な場合
・スタートアップの事情として、実績作りや、サービスのローンチという形式を取りあえず満たすことの優先度が高い場合
・その他の条件でスタートアップに配慮されている場合(利用目的の制限期間が短い、利用目的の制限の見返りとなりうる多額の一時金が支払われているなど)
なお、利用目的の範囲以外の問題として、データ受領者としては当該データの入手経路や利用権限の有無などを把握することが困難であるため、利用権限に関わる一定の事項についてはデータ提供者から表明保証をするケースが想定されます。
以上の点について、例えば、経済産業省・特許庁より公開されたモデル契約書(AI編)においては、以下のように定められています(利用契約第5条)。
第5条 甲は、本契約期間中およびその終了後も対象データを以下の目的で利用することができる。
(1)乙に対するデータ解析サービスの提供
(2)乙に対する追加学習サービスの提供
(3)乙以外の第三者に対する、本学習済みモデルおよび追加学習済みモデルを用いたサービス(本学習済みモデルおよび追加学習済みモデルの複製物を当該第三者に提供するか否かを問わない。)の提供
(a)(1)(2)(3)に定めるサービスの追加的機能の開発
(b)本学習済みモデルおよび追加学習済みモデルに対する追加学習
2 乙は甲に対し、以下の各号の事実が正確かつ真実であることを保証する。
(1)データ解析サービスおよび追加学習サービスの利用に際して、対象データを甲に提供する正当な権限を有していることおよびかかる提供等が法令に違反するものではないこと。
(2)前項に基づく甲の使用に対する許諾を行う正当な権限を有していること。
3 乙は、甲および甲が指定する第三者に対して対象データに関する著作者人格権を行使せず、またその権利者に行使させないものとする。
※【編集注】必要に応じて一部元表記を改変。
本連載第4回のPoC(概念実証)契約の回でも述べましたが、提供されるデータについては、守秘義務が課される秘密情報とは異なった配慮が必要となるため、秘密情報にかかる守秘義務に関する条項とは別に、条項を用意することが望ましいでしょう。モデル契約書(AI編)では、以下のように定めています(利用契約第6条)。
第6条 本サービスの利用に際して乙から甲に提供された対象データは、すべて甲が本サービス提供のために利用するサーバ(以下「本サービス用サーバ」という。)に保存および蓄積されるものとする。
2 甲は、対象データを適切に管理し、法令に基づく開示が求められた場合および乙の事前の書面等による同意がない限り第三者に開示または提供しない。
3 乙が甲に提供した対象データについては、乙の責任においてバックアップ等の保全措置を行う。
4 甲の責めに帰すべき事由により、本サービス用サーバに保存されている対象データの全部または一部が消失または毀損した場合、乙は甲に対し、可能な限り当該データを回復するよう要請することができる。但し、甲が回復作業を行ったにもかかわらず、当該データの全部または一部の回復ができなかった場合であっても、甲は一切の責任を負わない。
5 理由の如何にかかわらず本契約が終了した場合には、甲は本サービス用サーバ内に残存する全ての対象データを乙に事前通知することなく削除できる。
6 甲は、法令違反等甲が不適切と判断した対象データについて、乙に事前通知することなく削除できる。
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