WIN-WINなPoC実現に必要な契約の仕方スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(4)(1/3 ページ)

本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第4回はPoC契約において意識すべきポイントを解説したい。

» 2021年11月11日 09時00分 公開
[山本飛翔MONOist]

 前々回、そして前回の2回にわたって、スタートアップとのオープンイノベーションに当たって秘密保持契約書(NDA)を締結時に気を付けるべきポイントをご紹介しました。

 連載第4回である今回は、スタートアップとのオープンイノベーション時に締結するPoC(概念実証:Proof of Concept)契約の留意点をご紹介します。

※本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクト等の意見を代表するものではないことを念のため付言します。

「終わらないPoC」を避けるために

 PoCを始めるに当たってまず問題となるのが、検証作業の請け負う範囲と期限です。

いつまでも終わらないPoCは避けたい

 そもそもオープンイノベーションの領域において、PoCは2つ以上の企業や団体が共同研究開発に移行するかを検討するフェーズです。PoCをいたずらに長期化させることは、どの参加者にとっても(一般的には)メリットがないといえるでしょう。

 PoCの契約では、参加者に検証作業を行う義務を負わせる「準委任型」と、一定の成果物の納入義務を負わせる「請負型」の2種類があり得ます。この内、スタートアップに対しては準委任型を採用して、請負型にはすべきではない場合が多いと考えられます。例えば、経済産業省/特許庁が公開したモデル契約書(新素材分野)では、PoC契約第2条と第3条で以下のように定めています。

第2条 本契約において使用される次に掲げる用語は、各々次に定義する意味を有する。

1 本検証

 第1条に定める甲の技術導入・適用に関する検証をいい、具体的な作業内容は別紙●●に定めるところとする。

第3条 乙は、甲に対し、本検証の実施を依頼し、甲はこれを引き受ける。

2 甲は、本契約締結後3週間以内に、乙に本報告書を提供する。

3 本報告書提供後、乙が、甲に対し、本報告書を確認した旨を通知した時、または、乙から書面で具体的な理由を明示して異議を述べることなく1週間が経過した時に乙による本報告書の確認が完了したものとする。本報告書の確認が完了した時点をもって、甲による本検証にかかる義務の履行は完了するものとする。

4 乙は、甲に対し、本報告書提出後1週間が経過するまでの間に前項の異議を述べた場合に限り、本報告書の修正を求めることができる。

5 前項に基づき、乙が本報告書の修正を請求した場合、甲は、速やかにこれを修正して提出し、乙は、提出後の本報告書につき再度確認を行う。再確認については、本条第3項および第4項を準用する。

※編集注:甲=スタートアップ、乙=大企業。以下の囲み内も同じ

 なお、検証作業がいつまでも終わらないという事態を回避するには、上記3条3項に終了期限を明記しておくことも大切でしょう。

AI研究のデータ授受はどうする?

 AI(人工知能)分野でのオープンイノベーションなどが代表的ですが、AI学習のためのデータ、分析対象となるデータを協業先企業から受領できなければPoCを開始できないケースがあります。こうした場合に、データが提供されないまま時間が過ぎ、検証期限を徒過してしまう事態を回避する対策が必要です。

 1つの方法として、データなどの受領がない限り検証に着手する義務が発生しないよう定めることが考えられます。モデル契約書のPoC契約(AI編)第3条では以下のように記載しています。

第3条 乙は、甲に対し、本検証の実施を依頼し、甲はこれを引き受ける。

2 乙は、甲に対し、対象データを本契約締結後●日以内に提供する。甲は、受領したデータを確認した上で、乙に対しその旨を速やかに通知する。

3 甲は、前項の通知が乙に到達した後●日以内に、乙に対し、本報告書を提供する。

PoCでも対価の支払いを

 これまでの連載でも繰り返し述べてきましたが、スタートアップは大企業に比して自社内のリソースが不足気味であるケースも多くあります。このため、一般的にはVC(ベンチャーキャピタル)の投資家などから、短期間で資金調達を繰り返して成長を遂げます。

 さて、当然ですがPoCは一定期間、一定工数の業務が発生します。もしスタートアップがその分の対価を受領できなければ、資金繰りが極めて苦しくなってしまうでしょう。そこで、検証作業への対価の支払いを行うことが望ましいと言えます。

 この点について、経済産業省/特許庁が発行した「スタートアップとの事業連携に関する指針(以下、事業連携指針)」においては、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える可能性があり、優越的地位の濫(らん)用(独占禁止法第2条第9項第5号)に当たるおそれがあると指摘しています。具体的には以下のケースです。

(1)取引の相手方であるスタートアップに対し、無償でのPoCを要請する場合

または

(2)当該スタートアップに対し、十分に協議を行うことなく対価を決定するなど、一方的に、著しく低い対価でのPoCを要請する場合

または

(3)PoCの実施後に、相当の期間内にスタートアップ側の責めに帰すべき事由※1を勘案して相当と認められる金額の範囲内※2で対価を減額するなどの正当な理由がないのに、契約で定めた対価を減額する場合

または

(4)PoCの実施後に、PoCの結果が発注時点で取り決めた条件に満たないなどの正当な理由がないのに、当該スタートアップに対し、やり直しを要請する場合

※1:事業連携指針においては、「スタートアップが実施したPoCに瑕疵がある場合、発注内容と異なるPoCが実施された場合等」が例示されている。

※2:事業連携指針において、「相当の期間内に対価を減額する場合であっても、無制限に対価を減額することは認められない。例えば、商品に瑕疵がある場合であれば、その瑕疵の程度に応じて正当に評価される金額の範囲内で減額を行う必要があるが、これを超えて減額を行うことは、『相当と認められる金額の範囲内』の対価の減額とは認められない」との指摘がなされていることには留意されたい。

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