βが決まりましたので疲労強度を求めましょう。疲労限度線図において応力集中を考慮した場合は、疲労限度線が下に移動します。“下に移動する”といっても図13の2通りが考えられます。
ケース1は疲労限度線を下方向に平行移動したもので、設計現場ではよく見掛けます。ケース2は縦軸切片だけを下に移動したものです。どちらを採用したらよいでしょうか。その答えは、参考文献[9]にありました。同文献の実験データはケース2を支持しています。横軸切片は真破断力σTです。もちろん、ケース1を否定しているわけではありません。設計現場では安全側の数値を採用しますので、ケース1でも問題ないと思います。
これで、ボルトの疲労強度を求めることができます。疲労限度線図を描いてみましょう。ボルトの谷底は降伏しているので、平均応力は締め付け力が変わっても降伏応力ないしは耐力となりますので、ここでは平均応力として耐力を採用します。結果、ボルトの疲労強度は56[MPa](図14)となり、他の文献と同じような値が得られました。
ボルト設計に詳しい読者は、図14を見て違和感を覚えるでしょう。参考文献[3]による手順で、強度区分12.9のボルトの疲労限度線図を作成しました(図15)。
ここで「平均応力の大きい領域の疲労限度線」に注目してください。許容される応力振幅(疲労強度)の値は平均応力が変わっても一定です。実は、この振る舞いは多くの実験データによって支持されています。一方、先ほどの図14を描いた手順は日本機械学会の参考文献[5][7]に従ったものです。一体どこが違うのでしょうか。
違いは“平均応力の取り方”です。図15の横軸の平均応力は応力集中を考慮していない公称応力です。つまり、平均荷重を図16に示す有効断面の面積で割った値です。応力集中を考慮していないため、その応力値は降伏応力以下で、試験条件としてボルトの締め付け力を変化させたら、記録される平均応力も変化します。
一方、図14の平均応力は応力集中を考慮した局所的な最大応力です。例えれば図17のように谷底から小さなブロックを取り出したその微小ブロックの応力です。試験条件としてボルトの締め付け力を変化、つまり公称応力としての平均応力を変化させても、「ボルトの谷底はもう降伏している」ので、微小ブロックの平均応力は降伏応力ないしは耐力の一定値です。この結果、ボルトの締め付け力を変化させても、図14の横軸の平均応力は降伏応力ないしは耐力でとどまったままで移動しません。従って、図14のような考え方でも、「試験条件のボルトの締め付け力を変化させても疲労強度は変化しないこと」を説明することができます。
以上が、自分で求めた強度区分12.9のボルトの疲労強度です。本連載の後半で出てくるステンレスボルトの疲労強度も求めておきましょう。結果は表1のようになります。ボルトの疲労強度は、材料が本来持っている強度よりもはるかに小さいことが分かります。
記号 | 単位 | 値 | 参考文献 | 値 | 参考文献 | |
---|---|---|---|---|---|---|
強度区分 | − | 12.9 | A2-70 | |||
引張強さ | σB | MPa | 1200 | 700 | ||
降伏応力、耐力 | σ0.2 | MPa | 1080 | 450 | ||
真破断応力 | σT | MPa | 1720 | [7] | 1100 | [10] |
平滑材疲労強度 | σWO | MPa | 600 | [5] | 220 | [11][12] |
平均応力 | σm | MPa | 1080 | 450 | ||
平均応力負荷時の疲労強度(平滑材) | σWO' | MPa | 223 | 130 | ||
切り欠き係数 | β | − | 4 | 4 | ||
平均応力負荷時の疲労強度(ボルト) | σWK | MPa | 56 | 33 | ||
表1 強度区分12.9のボルトとA2-70ステンレスボルトの疲労強度 |
今回は、ボルトの疲労強度だけの話となりましたが、ボルトの疲労強度は案外と小さく、“引張強さの20分の1以下”だということを覚えておいてください。正直、疲労強度がこんなに小さいと「部品への繰り返し荷重はもっと小さくすべき」「ボルトは緩めに締めておくべき」といった印象を受けますが、連載第1回で述べた通り、しっかりと締め付けられたボルトはかなり大きな繰り返し荷重にも耐えられます。次回は、こんなに小さな疲労強度でも疲労破壊が起きない条件について取り上げます。お楽しみに! (次回へ続く)
高橋 良一(たかはし りょういち)
RTデザインラボ 代表
1961年生まれ。技術士(機械部門)、計算力学技術者 上級アナリスト、米MIT Francis Bitter Magnet Laboratory 元研究員。
構造・熱流体系のCAE専門家と機械設計者の両面を持つエンジニア。約40年間、大手電機メーカーにて医用画像診断装置(MRI装置)の電磁振動・騒音の解析、測定、低減設計、二次電池製造ラインの静音化、液晶パネル製造装置の設計、CTスキャナー用X線発生管の設計、超音波溶接機の振動解析と疲労寿命予測、超電導磁石の電磁振動に対する疲労強度評価、メカトロニクス機器の数値シミュレーションの実用化などに従事。現在RTデザインラボにて、受託CAE解析、設計者解析の導入コンサルティングを手掛けている。⇒ RTデザインラボ
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