日本製造業が武器にしてきたのは高い製品技術力と徹底的な効率化といえる。いわゆるすり合わせ技術と現場改善である。問題発生時も部門間のすり合わせ(あうんの呼吸)で対応し、問題をオープンにせず解決することが美徳とされている節がある。
ITシステムにおいては、現場改善を支えるために、既存業務を徹底的に効率化することを目的として作り込まれた「すり合わせ型」のITであることが多い。マネジメント層も環境変化に気付いていながらも、従来の武器や勝ち筋といった成功体験の延長そのままの施策と効果を求めているのではないだろうか(図2)。
現在のデジタル環境は、多様なデジタルサービスや技術をAPI(Application Programming Interface)でつないで価値を生み出す、いわゆる「組み合わせ型」の価値提供である。しかしながら、現在の日本製造業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みは、AI(人工知能)やRPA(Robotic Process Automation)などの最新テクノロジーは使うものの、短期思考、個別領域優先、すり合わせ型といった点では変わっていない。DXという名前を冠しただけの従来型の考え方でのIT化の取り組みにすぎないケースがほとんどであり、DXが進まない理由であると筆者は考えている。
企業の競争環境は大きく変化し、将来が予見しにくい状態であり、例えば、オペレーショナル・エクセレンス(企業が価値創造に向けた事業活動の効果と効率を高めて、競争上の優位性を構築し、徹底的に磨き上げること)などによって築かれた優位性が、将来の競争力につながるとは限らない。急速に変化するビジネス環境の中で、変化に対応する力をより強くすることが重要である。
しかしながら、今起きている日本製造業のDXの取り込みのほとんどが、表層的で表面的な“名ばかりDX”であり、PoC(概念実証)から先に進むことが少ない。各業務部門はこれまで徹底的に効率化を進めてきており、自部門のさらなる効率化を図ることを目的にしても限界がある。変化対応力を強める、業務領域をつなぐプロセスこそDXとして手を打つべきである。
冒頭に挙げた通り、SCMは需要と供給のギャップのコントロール(=変化対応)である。そのためには、需要側と供給側の双方向からの“データ”を早く、確実に、相互に伝えることが重要である。
特に、SCMでのE2E計画業務は、前述の通り標準化しにくくExcelが多くまん延している。
逆にいえば複雑なレガシーシステムの影響が、既に多くの取り組みを行っている実行領域に比べ少なく、手を打ちやすい。既存ITシステムが足かせにならない、これまで手をつけていない領域から小さく始め、成功体験を作ることが糸口になり得る。E2Eに関係するプロセスであるからこそ、データをデジタル化し共有することで、自部門だけでなく関係組織に広がるチャンスがある。
実際の取り組みにあたっては、既存のサービス、プラットフォーム、テクノロジー、プロバイダーを活用する「組み合わせ型」の発想が必要になる。また、SCMという、そもそも複雑なメカニズムを持つ領域に対しての取り組みには、長期、全体思考、システム思考を強化し、人の改革を進めることが必須となる(図3)。
日本製造業の中でグローバルに展開し先進的といわれている企業であっても、問題や課題を認識しながら、SCMにおける本質的DXに取り組んでいる事例は多くない。それほど根深く、複雑であり、簡単に解決できる問題ではないといえる。一方、アプローチを工夫しながら小さく改革を始め、全体に波及させようとトライしている企業もある。そこで次回は、サプライチェーンデジタル化の事例を紹介する。
宍戸徹哉(ししど てつや) クニエ シニアマネージャー
大手国内システムインテグレーターにてSCM関連システム構築に従事し現職。ハイテク・エレクトロニクス、自動車、ヘルスケア、非鉄金属、建設、化学、製薬業界など、サプライチェーン分野のコンサルティングに従事。
主に、SCM/S&OP業務改革、組織改革、ITを活用した改革構想および導入を担当している。
笹川亮平(ささかわ りょうへい) クニエ マネージングディレクター
ハイテク機器、自動車など組み立て系、プロセス系製造業の企画構想から定着化まで生産管理、在庫管理、需給管理を中心としたSCM/S&OP業務改革、ERP/SCP構想策定および導入コンサルティングに従事している。
編著に「“数"の管理から“利益"の管理へ S&OPで儲かるSCMを創る!」がある。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.