PLM実現に向けたAI時代のデータマネジメントAIとデータ基盤で実現する製造業変革論(4)(1/3 ページ)

本連載では、製造業の競争力の維持/強化に欠かせないPLMに焦点を当て、データ活用の課題を整理しながら、コンセプトとしてのPLM実現に向けたアプローチを解説する。第4回は「データマネジメントの本質」について考える。

» 2025年07月14日 06時00分 公開

本連載について:

生成AI(人工知能)の台頭と技術革新の加速により、製造業の競争軸として「いかにデータを活用し、付加価値を生み出せるか」の重要性が高まっています。しかし、依然として非構造化データや紙ベースの情報が多く、異なる部門間でのデータ共有や業務の変革を促すレベルでの活用は困難な状況です。

さらに、地政学リスク、サプライチェーンの不安定化、環境規制の強化など、グローバル経済の不確実性が高まり、製造業に求められる柔軟性と俊敏性は、かつてないほど重要になっています。競争力を維持/強化するためには、「PLM(Product Lifecycle Management:製品ライフサイクル管理)」の実現が不可欠です。本連載では、データ活用の課題を整理し、PLM実現に向けたアプローチを探ります。

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1.データマネジメントの本質:なぜ「正しいデータ」がつながらないのか?

 前回は、製造業の競争優位の源泉である「経験値」を活用するための方策として、「SoI(System of Insight)」という概念を紹介しました。前回の内容は業務的な視点からの論考であったため、今回はデータマネジメントの視点から解説していきます。

 本連載で述べてきた通り、製造業を営む企業には膨大な知見が存在します。これらを有効活用するには、まずデータ化されていること、次にそれらが統合されていること、そして分析や検索などを通じて活用できる状態にあることが必要です。データ化については前回取り上げましたので、今回は「データの統合」から解説を始めます。

 例えば、開発部門が部品の標準化を進めるには、単に諸元だけを見て検討を進めることはできません。仕様やコスト、工程、品質、サービス実績など、さまざまなデータを横断的に参照する必要があります。つまり、これらのデータが部門やシステムの枠を超えてつながっていなければ、十分な活用は望めません。

 実際、製造業の現場では「データがつながらない」という課題が広く存在しています。例えば――設計部門が作成した図面と製造現場に出された作業指示書の内容が一致しておらず、現場で都度確認作業や手戻りが発生する。また、部品の変更履歴が共有されておらず、過去の設計情報を基に製造が進められ、不具合が発生する。さらには、現場で仕様が変更されたにもかかわらず設計部門にフィードバックされず、同じミスが繰り返される――といった状況です。これらは全て、部門間や工程間における「データの断絶」に起因する問題です。

 このような断絶には、複数の要因が複雑に絡んでいます。例えば――部門ごとに異なるツールやフォーマットを使用しており、データ形式が統一されていない。また、データの入力ルールや命名規則が組織内で標準化されておらず、同一の部品や工程が異なる名称で管理されている――といった具合です。さらに、業務プロセスごとに異なる目的でデータが生成/使用されるため、本来連携されるべき情報が互いに独立して管理されてしまうといった状況も見受けられます。

 こうした背景の下では、「正しいデータを、正しく連携させる」ことが、単なるITシステムだけの問題ではなく、業務全体に波及する課題であることが浮かび上がってきます。あらためて述べるまでもなく、製造業のプロセスは極めて多様かつ複雑です。製品ごとに、設計/開発/製造/販売/保守といった多数の機能部門が関与し、それぞれが必要とするデータは異なります。加えて、日本の製造業の伝統的な強みである「カイゼン」は、各現場や部門がボトムアップで課題解決を推し進める取り組みです。その結果、各プロセスで発生するデータの粒度や性質が部門に特化したものになったり、部門の効率性を追求したシステムが構築されたりすることもあります。いわば、標準化された業務プロセスにシステムを合わせる「Fit to standard」とは逆の発想ともいえます。このような状況が、データ統合を難しくしているケースも少なくありません。

 データ統合には、大きく2つのアプローチがあります。1つは、データ基盤の構築に積極的な企業が従来行ってきた方法、すなわち「厳密な構造によるデータ管理」です。もう1つは、データベースの完全性よりもデータ活用を発想の起点とし、AI(人工知能)の力を借りながらデータ統合を図る方法です。特に前者のアプローチは、立ち上げと維持管理に多大な工数を要します。

 次に、製造業において典型的な課題である「BOM統合」の問題を取り上げ、「正しいデータ」をシームレスにつなげることの重要性と、その難しさについて考えてみましょう。

2.BOM統合の課題と解決策

 製造業のデータにおいて要ともいえるのが、「BOM(部品表)」の管理です。設計の観点から見た「EBOM(Engineering BOM)」と、生産現場での組み立てや加工の視点に立った「MBOM(Manufacturing BOM)」は、同じ製品を扱っているにもかかわらず、その構造や用途が異なります。この2つのBOMをいかに統合するかは、多くの製造業企業にとって長年の課題となっています。

 特に自動車業界では、数万点に及ぶ部品と膨大な設計変更、さらには地域やモデルごとの仕様違いが存在するため、設計と製造における情報の整合性を保つことが不可欠です。しかし、EBOMとMBOMでは情報の階層構造や部品の呼称、単位が異なるため、単純にシステムを統合するだけでは両者を一元化できません。そのため、EBOMからMBOMへの変換作業を人手で対応している現場も少なくありません。こうした運用は、工数の肥大化やミスのリスクを抱える原因となります。

 このような課題の根底には、EBOMとMBOMがそもそも目的の異なる情報構造であるという点があります。EBOMは「何を作るか」に着目し、製品の論理構成を定義します。一方、MBOMは「どう作るか」に主眼を置き、製造工程や部材の手配といった実行ベースの情報で構成されます。つまり、設計と製造、それぞれの論理に基づいて独自に最適化されたBOMが存在するが故に、単純に統合すれば済むという話ではないのです。

 こうした状況を打破するには、両者の違いを前提とした上で、BOM間に橋を架ける「翻訳層」の設計が求められます。例えば、製品構成マスターとして中立的な中間モデルを用意し、それを基にEBOMやMBOMを生成/管理する仕組みが考えられます。このとき重要になるのが、設計/製造の双方の視点を踏まえたデータ構造設計です。設計者に限らず、製造/調達/品質管理など、全ての関係者の知見を反映した「業務横断的な情報設計」が不可欠となります。

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