「MANUFACTURING IN THE AGE OF EXPERIENCE」ではさまざまな事例紹介も行われたが本稿では、機内食を作る厨房の「デジタルツイン化」を実現し「バーチャルキッチン」を構築するシンガポールのSATSの取り組みを紹介する。
SATSは航空会社向けの機内食サービスを行う企業で、アジア地域では主導的なポジションを獲得している。60以上の飛行場で、66万1000のフライトに対し、1億7120万食にも及ぶ機内食を提供しているという。
航空会社が環境問題への意識を高める中で、機内食についてもより価値向上が求められるようになっていた。ただ、機内食の調理におけるノウハウはベテランの知見として蓄えられ、シェフ同士で語り継がれるものであり、会社としてはこれらの機内食調理の実情が見えない状況が生まれていた。
SATS CDO(Chief Digital Officer)のAlbert Pozo(アルベルト・ポゾ)氏は「機内食調理の実作業の多くが人に関連付いており、企業として把握できていない状況が続いていた。数多くの厨房を同時進行で管理しなければならない企業として、持続可能な生産活動を続けていくためには、これらのベテランのノウハウを形式知として受け継いでいかなければならない。そこで厨房のデジタルツイン化ができないかと考えた」と取り組みのきっかけについて語っている。
ただ、企業内でデジタル変革を推進するのは簡単なことではない。ポゾ氏は厨房のデジタルツイン化において、3つの大きな難しさがあったと述べる。1つ目はデータ化の苦しみである。「難しさがあったのは、必要なデータはどう取得するのか、そのデータをどう管理するのかなど、従来は考えなかったことを具体化しなければならない点である。これはあらゆる企業が抱える共通の課題だろう」(ポゾ氏)
2つ目がチェンジマネジメントの難しさだ。「どんな企業でも変革したくない人というのが存在する。こうした人たちにもより良いものだと納得してもらう必要がある。そのためにテクノロジーの価値をしっかりと発信する必要がある」(ポゾ氏)。
3つ目は、ROI(投資対効果)をどう得るのかという点である。「デジタル変革は投資してから回収するまでの期間がどうしても長くなる。その中で投資に見合うリターンが本当に得られるのかどうかが難しい点だ。場合によっては効果を証明する必要が出てくるが、最適な結果が得られないようなケースもある。こうした状況をどう乗り越えるかが課題だ」とポゾ氏は語っている。
これらに対し、デジタルツイン化をいくつかのステップで進めた。最初は「バーチャルキッチン」のモデル化である。厨房の機器から情報を取得し、収集できるようにしただけでなく、実際の調理手順を使って、生産のアクションプランに生かせるようなモデル化を実現した。これらのデジタルツイン化と機器情報を活用した新たなアクションが可能となったことで、自動化領域の拡大などにも貢献。現在はさらに適用範囲を拡大しようと取り組みを進めているという。
「同じリソースで生産キャパシティーを拡大できたため、シンガポール軍向けなど新たな顧客先を拡大することができた。デジタルツイン化により企業としての競争力が高まったと感じている。今後はこの集めたデータを強みとし、データ活用型の新たなビジネスモデルの構築に取り組んでいく」とポゾ氏は語っている。
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