東京大学生産技術研究所は、ヒトiPS細胞を用いて、大脳の領域同士のつながりを模倣した人工神経組織を作製することに成功した。作製した人工組織は、大脳内の神経回路や関連疾患の研究などに役立てることができる。
東京大学生産技術研究所は2019年4月19日、ヒトiPS細胞を用いて、大脳の領域同士のつながりを模倣した人工神経組織を作製することに成功したと発表した。これは、同研究所 準教授の池内与志穂氏らのグループによる研究成果だ。
今回の研究では、これまで同研究グループが開発した、マイクロデバイス(微小装置)内で運動神経組織を培養し、軸索の束状組織を効率的に作製する手法を発展させて用いた。
まず、約1万個のヒトiPS細胞からなる球状の組織を大脳神経に分化させ、マイクロデバイスの両側に1つずつ配置して培養した。作製した組織には大脳神経だけが持つタンパク質が存在すること、また、その構造の特徴から、生体内の大脳神経と似た組織であることを確認した。デバイス内で培養するうち、両側から多数の軸索が伸び、デバイスに移してから25日後には、細い通路内の軸索束状組織でつながった2つの人工大脳組織が作製できた。
次に、2つの人工大脳組織をつなぐ部分を免疫染色法によって解析した結果、軸索だけに含まれるタンパク質は観測されたが、細胞体や樹状突起は観測されなかった。電子顕微鏡の観察では、この部分の組織は軸索が規則正しく集合していることが確認できた。これらの結果から、2つの人工大脳組織は互いに無数の軸索を伸ばし合って軸索の束状組織を作り、自発的につながったとみられる。
さらに、カルシウムイメージング法による電気生理学的な解析により、2つの球状組織間で情報をやりとりしていることが示された。片方の組織が直接刺激を受けると、軸索でつながったもう1つの組織が、数十ミリ秒遅れて反応する。このことから、作成した組織は、大脳の離れた領域間で情報を伝達する様子を模倣したものであるといえる。
研究グループは、L1CAM遺伝子による検証も試みた。同遺伝子に突然変異が起こった場合、左右の大脳をつなぐ脳梁の欠損を引き起こす。このL1CAM遺伝子の機能を抑制したところ、軸索束の形成効率が大幅に低下した。この検証では、今回作製した人工大脳組織が、生体と同様の仕組みで軸索束を形成すること、さらには、遺伝子異常を原因とする疾患のモデルとしても使用可能であることが分かった。
今回作製した人工大脳組織は、脳内の神経回路が構築されるメカニズムや機能を理解するのに活用したり、関連疾患のモデル実験系として治療薬探索に使用したりと、さまざまな展開が期待される。
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