理化学研究所は、従来の遺伝子の複製機構では説明できなかったミトコンドリアゲノムの初期化機構を発見したと発表した。
理化学研究所は2016年4月28日、ミトコンドリアDNA(mtDNA)複製と分配の新しいメカニズムを発見したと発表した。同研究所吉田化学遺伝学研究室の凌楓(リン・フォン)専任研究員、吉田稔主任研究員、国立精神・神経医療研究センターメディカル・ゲノムセンターの後藤雄一センター長らの共同研究グループによるもので、成果は同年3月24日、米科学誌「Molecular Biology of the Cell」のオンライン版に掲載された。
1つの細胞には、数千個ものミトコンドリアが存在する。ミトコンドリアによる酸素呼吸は、副産物として活性酸素種(ROS)を発生し、その作用でmtDNAがしばしば突然変異して変異型となる。加齢に伴い変異が蓄積し、成人の体細胞ではmtDNAの変異型と正常型が混在した「ヘテロプラスミー」という状態になる。さらに、変異型mtDNAの比率が一定以上になると、ミトコンドリア病(ミトコンドリアの機能低下に起因する、脳卒中や糖尿病などの病気の総称)、神経変性疾患、がんなどを発症させることが知られている。
一方、新生児のミトコンドリアは、ほぼ全てが正常型mtDNAの「ホモプラスミー」状態となっている。これは、卵子形成あるいは発生の段階でミトコンドリアゲノムが初期化されるために起こると考えられている。しかし、その分子メカニズムは未解明だった。
今回、共同研究グループは、ミトコンドリア病患者由来のヘテロプラスミー状態の細胞に、過酸化水素を加えてROSを発生させた。その後、mtDNAを観察したところ、ROS発生後のROS濃度が発生前の2.4倍になるように過酸化水素で処理した場合のみ、ホモプラスミー化が起こっていた。
ホモプラスミー化したmtDNAを調べてみると、1つの複製開始点から連続的にmtDNAが複製(ローリングサークル型複製)され、多数のミトコンドリアゲノムが直鎖上につながった線状多量体(コンカテマー)が形成されることが分かった。さらにこれらの細胞において、細胞分裂の際に少数の鋳型からできた多数のコピーが、娘細胞やそれ以降の代の子孫細胞に送り込まれていくことで、子孫細胞の変異型mtDNAと正常型mtDNAの比率が変化し、ホモプラスミー化すると考えられる。
同結果は、従来の遺伝子の複製機構では説明できなかったミトコンドリアゲノムの初期化機構に、ROSによるローリングサークル型複製の活性化が関与することを示している。
また、iPS細胞では、核ゲノムは初期化されるが、ミトコンドリアはヘテロプラスミー状態のままであるため、高齢者の細胞から作成したiPS細胞には問題があるとされてきた。しかし今回の成果から、病的ヘテロプラスミーのヒト体細胞を正常型mtDNAのみからなる細胞へ変換することが可能であることが示された。将来的に、ミトコンドリア異常に起因する疾患の治療法や、高齢者由来のiPS細胞を安全に利用する方法の開発につながることが期待できるという。
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