今回発表したステアバイワイヤ技術は、モーターとECU(電子制御ユニット)をそれぞれ3個使用している。3個のモーターの内1個は、ドライバーがステアリングホイールを操作する際に、タイヤが路面から受けた力などの路面情報を反力として伝えるのに用いる。残りの2個のモーターは前輪の車軸に組み付けており、ステアリングホイールの操作に合わせて前輪タイヤの切れ角を制御する。
3個のECUは、各モーターの動作を制御するとともに、互いの動作に故障や異常が発生していないか常時監視し合っている。もし、あるECUに不具合が発生すれば、他のECUが即座に制御を交代する。さらに、車載バッテリーの不具合などで、万が一全てのECUやモーターに電力が供給されなくなる場合に備えて、ステアリングホイールと前輪の車軸を機械的に接続するステアリングシャフトを設置している。先述のような万が一の状態になれば、通常はステアリングホイールとステアリングシャフトを切り離しているクラッチを切り替えて、機械的な接続を確保するという仕組みだ。これら二重のバックアップシステムにより、ステアバイワイヤの課題だった冗長性を確保した。
機械式ステアリングは、ステアリングホイールとタイヤが直結しているために、路面の凹凸や悪い舗装状態によって、ステアリングホイールを握るドライバーの手に振動や揺れが伝わる。この振動や揺れの影響を修正するために、ドライバーは無意識のうちにステアリングホイールを操作している。
日産のステアバイワイヤ技術は、ステアリングホイールとタイヤは接続されていないので、路面からのノイズがドライバーの手に伝わらない。ドライバーは、無意識に行っていた修正操作が不要になるので、運転時のストレスや疲労が低減される。さらに、機械式ステアリングよりも、ステアリング操作に対するタイヤの動きの応答性を高められる。「あたかも手足を車両の外側へ伸ばしているような、タイヤを直接手で動かしているような操作感が得られる」(日産)という。
ステアバイワイヤ技術を活用すれば、今までにない自動車の機能を新たに実現できるようになる。
まず、電子制御でステアリング操作を行っているので、パラメータの変更によってモーターの出力などを調整して、さまざまな操作感を実現できるようになる。例えば、日常の運転に用いる「スタンダードモード」から、スポーツカーのような応答性を持たせた「スポーツモード」への切り替えを、ボタン1つで行える。
この他、日産自動車は、ルームミラーの裏側に設置した車載カメラと連携する機能も実現している。車載カメラで認識した車両前方の車線と、路面のわだちや横風などによって進行方向がずれるような場合に、そのずれを低減するようにタイヤ角とハンドル反力を制御するというものだ。
ステアバイワイヤにかかわる車載ネットワークには、次世代車載LAN規格であるFlexRayを採用した。FlexRayの伝送速度は、車載ネットワークとして広く利用されているCANの10倍となる10Mビット/秒と高速である。通信方式も、CANのイベントトリガーに対してタイムトリガーを採用している。このため、ステアバイワイヤのような高い応答性が求められる車載システムに最適だと言われている。
FlexRayの量産車への採用は、規格策定を主導してきた欧州の自動車メーカーが先行している。BMWは、2006年発売のSUV(スポーツ多目的車)「X5」の電子ダンパー制御システム「アダプティブドライブ」に世界初採用したのを皮切りに、2008年発売の「7シリーズ」のバックボーンネットワークや、2010年発売の「5シリーズ」の前後輪統合制御ステアリングシステムなどに採用している。この他、Audiが2009年発売の「A8」のバックボーンネットワークに採用した事例もある(関連記事2)。
これまで日本の自動車メーカーは、CANよりも高コストになるFlexRayの採用には消極的だった。今回、日産が採用したことにより、長らく“次世代車載LAN”と呼ばれてきたFlexRayの量産採用が拡大する契機になる可能性がある。
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