この方向からEPSを見てみると、燃費向上のために操作フィーリングを我慢するためのシステムのように聞こえてしまいますが、EPSだからこそ可能になったさまざまなメリットも存在しています。
その1つが「自己診断機能」です。
電気を主体としたシステムですので、診断機能を備えた回路を組み込んでおくことで、システム異常発生時に運転者へ瞬時に知らせることが可能となります。運転者へ知らせる方法はスピードメーター内で点灯する「EPS警告灯」です。ただし警告灯が点灯した場合は「正常にEPSとして機能しない状態」を意味しますので、その状態でEPSを作動させることはできません。
つまりフェイルセーフ状態というシステム保護状態に入りますので、ほとんどの場合がアシストゼロ状態となります。普段が非常に操舵力が軽い分、フェイルセーフ状態になると操舵力はかなり増え、「ハンドルが操作できなくなった」と勘違いしてしまう場合もあります。
しかし電気的な異常があっても機械的に操舵を行えるように作られていますから、パニックにならないようにしてください(汗)。
ほかには記事冒頭で出てきたような、走行中に突然エンストしてしまった場合でもバッテリーの電力がなくなるまで操舵力のアシストを確保することができる点もまた、EPSのメリットです。
実は「EPSだからこそ!」というメリットが、ほかにもあります。それは「車側の意思でハンドルを回転させることができる」という点です。
従来の常識では運転手がハンドルを回さなければ車の向きを変えることができなかったのですが、EPSは電気的に操舵力をアシストしています。裏を返せば、「強制的にアシストすることで電気的にタイヤの向きを変えることができる」ということになるのです。
例えば「レーンキープアシストシステム(LKAS)」という運転支援システムがあるのですが、要は高速道路などを走行中に居眠りや脇見運転などで走行車線から車が外れそうになった時に車が「車線から外れる!」と判断して強制的にハンドルを回して車線を維持してくれるのです。
ただし、このシステムは「安心して居眠りしてください」というシステムではありませんのでご注意を(笑)。
ほかには「車庫入れ支援システム」がありますね。駐車したい場所に対して、ある一定のルールに従って車を停止させ、システムを起動させると車側がハンドルを自動で操作してスムーズな車庫入れを実現させてくれるのです。
また「これ以上ハンドルを転舵(てんだ)したらスリップする!」という状況を車側が検知し、スリップする方向への操舵力を重たくすることで危険を回避する、というシステムもあります。
……などなど、EPSはいい所もいっぱいあります(だからこそ採用されています)。何となく、筆者がEPSをあまり好きじゃないような雰囲気がプンプンしていますが、それはスポーツ走行を基準としているからですのであまり気にしないでください(笑)。
それではまとめとしてEPSの作動の流れを復習しましょう。
コンピュータの発展とともに、自動車の電気制御も昔に比べると比較できないほど発達しています。さまざまなモータからの情報を瞬時に集約し、それを基に最適な制御を行う。いまとなっては当たり前の話しかもしれませんが、これは大きな革命といえます。
さらに最近は数十個ものECUが車には搭載されており、それぞれが相互通信を行うことで協調制御が可能となっています。この技術がさらに発展していくと、機械的な構造がどんどん不要になっていきます。
例えばDBW(ドライブバイワイヤ)システムもその1つですね。従来はアクセルを踏み込むことでアクセルペダルに取り付けられているワイヤーが可動してそのワイヤーによってスロットルボディーのスロットルバルブが開くことで吸気量を増やす、つまりエンジン回転(出力)を上昇させるという構造でした。
しかしいまの主流はアクセルペダルに取り付けられているアクセルポジションセンサーが踏み込み量を検知し、そのときのエンジン回転数や車速などを踏まえて最適なスロットルバルブ開度になるように電気的にスロットルバルブを開閉しています。
今回説明したEPSシステムも、既に発展型が出始めています。「ステアリングコラムがないステアリング装置」です。
簡単にいえば、ハンドルに舵角センサーを取り付けておき、回転方向や操舵スピードを検知してタイヤを電気的に方向転換するということです。この技術で難しいとされているのは、路面反力の演出です。路面反力というのは運転をする上で非常に重要な情報源ですので、もしも路面反力を感じられないとなると高速走行中のスピンや雨天時、積雪時の事故が急増します。
既に一部の車種には搭載が始まっているようですが、ブレーキシステムにも同様の制御技術が介入してきているようです。つまり、これまで常識だった油圧によるブレーキシステムではなく、ブレーキペダルの踏み込み量や踏み込み強さを検知することでブレーキキャリパを電気的に駆動するという技術です。
これらの技術に共通することは、電気システムが故障したときにでも、最低限の運転操作ができるような安全対策(機械的な仕組み)も必要になるということです。
将来的には安全対策も機械に頼らなくてよいシステムが構築されると思いますが、全てにおいて望むのは、「アナログのフィーリングをベースに!」ということです。
人間の感覚というのは機械や電子制御では到達できないものです。感覚のズレは全てにおいて悪影響となりますので、どれだけ技術が進歩しても「運転するのは、人間だ」ということを忘れないでいただきたいと筆者は強く思います。
さて本連載ではシャシー領域における基本部品の作動などを簡単に紹介してきました。シャシーは、これからは機械仕掛けありきの構造から、どんどん電子制御技術が入り込んできます。
最も機械らしい分野でもあるシャシーですが、電子制御に台頭されてしまうのは少し寂しい気持ちもあります。しかし電子制御が追い求める理想像の基本は、あくまでも「機械式のフィーリング」です。
時代が進めば、機械式の車に乗ったことがない方が設計に携わる時代も来るでしょう。しかし「あるべき姿」という基本を見失うことなく、電子制御技術が加わることによってさらなる発展と感動の創出を実現していただきたいと思います。
今回をもって本連載は終了となります。ご愛読ありがとうございました!(完)
カーライフプロデューサー テル
1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。
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