転する人の命を預かるブレーキには、さまざまな工夫や安全対策が施されている。今回は油圧式ディスクブレーキに焦点を絞った。
今回は自動車の基本性能の中で、最も命にかかわるブレーキについて説明します。自動車のブレーキ装置は一般的に摩擦力を利用して制動する摩擦ブレーキが用いられます。ブレーキ装置は一般的に油圧式ディスクブレーキが主流であり、ほかにもドラムブレーキやパーキング(サイド)ブレーキ、エア式ブレーキ、エキゾーストブレーキなどもありますが、今回は油圧式ディスクブレーキに焦点を絞って説明していきます。
ブレーキ装置について説明する中で頻繁に「制動」という聞き慣れない言葉が登場すると思いますが、これは「ブレーキをかける」「停止する」といった意味です。
ブレーキ装置において油圧ブレーキが主流になっている1つの要因として、パスカルの原理が考えられます(図1)。
パスカルの原理について、細かい条件を省いて分かりやすく説明すると、連結している容器に満たされた液体のA面(面積10)に100の力を加えたとすると、B面(面積20)に加わる力は200に増幅されるという原理です。
引き続き、力が増幅された理由を説明していきます。液体の圧力は均一に伝達される原理がありますので、先ほどの例であれば加圧側(A面)は、
「100÷10(面積)=10(面積1当たりの圧力)」
と考えられます。
その力は液体を通してB面に均一に伝わり、最終的に面積20のB面に加わる力は、
「20(面積)×10(面積1当たりの圧力)=200(B面の力)」
となるのです。
これがパスカルの原理を応用した圧力の増幅です。
ここまでの説明では細かな条件を省いていますが、少しだけその条件をお伝えしておきます。
後者に関しては特に意識する必要はないと思いますが、前者は非常に重要です。
油圧ブレーキ装置には必ず「ブレーキフルード(オイル)」という専用の液体が使用されていますが、なぜわざわざ特殊な液体を使用するのかというと、上記の前者の条件をクリアする必要があるからです。
*圧縮されやすい液体だとブレーキを踏み込んだ際に必要以上にストロークしてしまい、ブレーキをかけているフィーリングが損なわれてしまいます。また「圧縮しない」といってもある程度圧縮されます。
ブレーキフルードが用いられるには、ほかにもさまざまな理由があります。まず身近にある水ではどうして駄目なのでしょうか?
ブレーキは車の運動エネルギーを摩擦熱に変換して制動します。その摩擦熱は瞬間的に数百度に達します。つまり摩擦熱が瞬間的に数百度に達したときに、沸騰しない液体でなければいけないのです。
「沸騰する=気泡が生じる」ということはご存じの通りですが、気泡は圧力を逃がすためのクッションに変化してしまいます。ブレーキペダルを踏み込んだ力の大半が、気泡を圧縮する力へと逃げてしまいます。つまりブレーキペダルを必死に踏み込んでもブレーキが効かないという大惨事に直結します。
水は通常(1気圧時)100度で沸騰するということは周知の事実ですが、これはつまり油圧ブレーキの液体としては不適格であるという明確な証拠です。ただし、沸騰しないならどんな液体でもいいのかというと、それもまた間違いです。一般的にブレーキフルードは、ブレーキの応答性や地球上で使用することなどを踏まえて、以下の条件をクリアする必要があります。
それらを全てクリアして採用されているのが「ポリエチレングリコールモノエーテル」を主成分とした「グリコール系ブレーキフルード」です。
グリコール系の短所は、
などがありますが、ブレーキフルードとしての条件には最も適しているため、主流となっています。
ブレーキフルードにとって非常に重要なのは「沸点」であり、一定の基準を設けないと非常に危険であることから「DOT」という規格が設けられています。一般的にはDOT3〜5(5.1)までありますが、DOT5は最高水準の沸点の高さを持つ半面、吸湿性も非常に高く頻繁に交換が必要であることから、レースやスポーツ走行専用として使用されています。通常、DOT5は用いず、DOT4もしくはDOT3が用いられます。
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