ドライバーを事故から守る車体制御の仕組みいまさら聞けない シャシー設計入門(10)(1/2 ページ)

今回は、安全運転をサポートするトラクションコントロールシステムやアクティブセーフティー機能について解説する。

» 2010年09月13日 11時11分 公開

 今回は、最近になって急速に普及が進んでいる車体制御機構について説明したいと思います。

 車体制御機構と聞いて皆さんはどのようなシステムをご存じでしょうか?

 もちろん各メーカーによってシステムの名称が異なってきますし、制御の細部がそれぞれ違いますので、全てを説明することはできませんが、まずは車体制御機構の中で基礎的な役割を担った「トラクションコントロールシステム」(TCS:Traction Control System)について説明していきます。

*筆者注:各メーカーによって制御方法は異なりますので、ここでは一般的な制御方法をベースに説明します。

トラクションコントロールシステムのいろいろ

 トラクションコントロールシステム(以後、TCS)と聞いてもピンと来ない人もいらっしゃるかもしれませんね。TCSは「車輪の空転防止、駆動力制御」を行っている機構です。TCSは前回解説したABSの技術が確立したころと同時期に誕生しました。なぜかというと、車輪の空転を検知することで初めて成り立つ機構だからです。

 ――あれ!? まだABSとTCSがつながりませんか?

 理由は簡単です。TCSもABS同様に「車輪速センサー」があって初めて成り立つのです。ABSの場合は車輪速センサーによって「車輪のロック」を検知し、そこからブレーキ力を強制的に弱めることで制御していましたよね。

 TCSの場合は逆に「車輪の空転」を検知することで、強制的に駆動力を弱めるという制御を行います。

 空転の検知はそれほど難しいことではありません。回転している4輪全ての回転数を車輪速センサーによってモニタリング(ECUへ入力)しておけば、駆動輪や片輪がほかのタイヤに比べて回転数が高まった場合に空転と判断できます。

 ECUが空転と判断した場合、強制的に駆動力を弱める信号を各部品に送るわけですが、制御方法は非常に多く存在します。例えば、

  • 燃料噴射量を減らし、エンジン回転を下げる
  • アクセル操作によって開いているスロットルバルブの開度を強制的に減らす
  • 空転している車輪にのみABS系制御部品によって強制的にブレーキをかける
  • ATミッションをTCS作動モードへ移行し、駆動力を弱める

などなど、システムとしては非常に単純ですので、さまざまな制御方法が存在しているわけです。

 ハイパワーエンジンを搭載したスポーツカーなどでは、発進時やラフなアクセル操作によって空転してしまうことがありますが、このようなときにTCSがあればロスなく路面へ駆動力を伝えることが可能です。

 しかしスポーツカーというのは一部の方々にしか縁がない車種ですので、あまり現実的とはいえないかもしれませんね……。一般的な自動車ユーザーがTCSの恩恵を受ける場面というのは、ぬれた路面や雪道です。いつもより滑りやすいことを認識していても、雪道などでは空転は頻繁に起こります。

 「ちょっと空転したなぁ」

というレベルであれば特に問題ないと思うのですが、空転が頻繁に起こってまともに走行ができないようなときに、このTCSが役に立ちます。

 ただし雪道などでスタック(立ち往生する)した場合には、状況によって空転させることで脱出できるケースもあります(LSD装着車など)。つまりTCSが装備されていても、そのシステムが足を引っ張る可能性もあるわけです。

 そこで、このTCSに関しては一般的に「OFFスイッチ」が用意されており、不要な場合は運転手の意思でシステムを遮断することが可能となっています。

 TCSはABSの技術が確立することで自然派生した機構といっても過言ではありませんが、このTCSはあくまでも空転を防止するためのシステムにすぎません。

 実際に運転をしていて危険を伴うのは空転ではなく「横滑り」や「車体スピン」ですよね。一般道(乾いた路面)では、通常、横滑りやスピンは発生しづらいでしょう。高速走行中に急ハンドルを切った場合や、オーバースピードでコーナーに侵入でもしなければ、まず起こりません。ただし一般道でも、ぬれた路面や雪道では、思いもかけない横滑りやスピンが発生してしまうことは十分にあり得ます。

 実際に原因を解析してみれば、その大半が「路面の摩擦係数に対してオーバースピードだった」「旋回中にアクセルを踏み過ぎた」「ブレーキを踏み過ぎた」といった運転操作に起因することです。しかし、そこまでシビアに路面状況を読み取れるほど運転が上手な人はほとんどいません。……というか、プロのレーサーでも読み切れずにスピンしてしまうことがあるわけですから、人間の能力では避けられない領域というのは必ず存在しています。もちろん緊急回避などに代表されるパニックブレーキや急ハンドルなどは、訓練しても難しい領域といえます。

 そこでTCSとABSとを統合制御し、さらに「舵角センサー」(ハンドルの回転角を検出)や「ヨーレートセンサー」(角速度検出)などを組み合わせて「横滑り防止機構」が誕生しました。

 横滑り防止機構は各社それぞれが名称を付けており、

  • VSC(Vehicle Stability Control):トヨタ
  • VSA(Vehicle Stability Assist):ホンダ
  • VDC(Vehicle Dynamics Control):日産、スバル
  • VST(Vehicle STability control):スズキ
  • DVS(Daihatsu Vehicle Stability control system):ダイハツ
  • DST(Dynamic Stability Control):マツダ、BMW
  • ASC(Active Stability Control):三菱自動車

などなど、挙げようとすればキリがないほどの数が存在しています。

 しかし名称は違っても基本的な制御方法は同じですので、ここでは名称の違いをあまり意識する必要はありません。

オーバーステアの制御

 横滑り防止装置で重要となるのは、任意の車輪にのみブレーキを配分できることです。左方向に横滑りが始まった車体に対し、任意の車輪にのみブレーキをかけることで右方向に車体が回転するモーメントを発生させて挙動の乱れを整えます。

 ……と言葉だけで説明しようとしても挙動をイメージするのは難しいですよね。それでは横滑り防止機構の実際の制御方法をイラストで見ていきましょう。

オーバーステア発生 図1 オーバーステア発生

 図1は右旋回時に何らかの原因で車体後方が左方向に横滑りした状態を表しています(車体前方が巻き込む方向と捉えていただいても結構です)。

 この状態は運転手がイメージした旋回円よりも小さな円となる、つまり思った以上に車体が右に曲がってしまう状態です。これを「オーバーステア」といい、後輪駆動車などでアクセルをラフに踏むと発生しやすい現象です。

 このとき、運転スキルが高い方であればハンドルを左に切ったり(逆ハンドル)アクセルを弱めたりすることで車体の挙動を整えることも可能ですが、相応にスキルが必要な操作となります。また、横滑り防止機構は舵角センサーとヨーレートセンサーなどが、

  車体がオーバーステア状態

 であることを検知し、左前車輪にのみブレーキをかけます。

オーバーステア制御 図2 オーバーステア制御

 これによって、左前車輪が抵抗となって車体に反時計回りのモーメントが発生します。今回は右旋回時を例に取ってみましたが、左旋回時の場合は右前車輪にのみブレーキをかけることになりますね。

関連リンク:
横滑り制御のしくみ:オーバーステア(本田技研工業)分かりやすい動画です

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