品質に対する認識をそろえる手掛かりとして活用できるのが、1984年に狩野紀昭氏(当時:東京理科大学教授)が提唱した「狩野モデル」です。これは、ひとくくりに語られる「品質」を、顧客の満足の生まれ方によって下記の3つに分けて捉える考え方です。
先ほど例に挙げた「クレームを絶対に出さない」と考える人は主に「当たり前品質」を、「お客さまの期待を超える製品を出す」と考える人は主に「魅力的品質」を重視していると捉えられます。どちらかが間違っているわけではなく、重視している品質の側面が異なっているのです。3層に分けた瞬間、議論は「どちらが正しいか」から「今どの層の話をしているか」に変わります。
この分類は製造や開発に限らず、営業にも調達にも経理にも当てはまります。部門ごとに3つの層を書き出してみてください。自部門にとっての「当たり前品質」を言語化できていない職場では、守るべき品質の土台も共有できません。
重要なのは、抽象的な「品質のあるべき姿」を掲げることではありません。組織で働く人たちが同じ認識を持つことです。認識がそろえば、現場は迷いません。迷わない現場は「判断」を抱え込みません。
「現代経営学」や「マネジメント」といった概念を体系化したことで有名な経営学者のピーター・ドラッカーは、「リーダーにとって真摯(しんし)さが不可欠であり、組織では『何が正しいか』を軸に判断する姿勢が重要である」と説いています。このような人物は、周囲から見れば愛想がなく、人付き合いも得意ではなく、正論ばかりを口にする「煙たい人物」に映るかもしれません。しかし、品質の要所に必要なのはこうした人であり、意思決定の場に据えるべきです。
ただし、これは人格や資質の話ではありません。「何が正しいか」を軸に判断する姿勢は、身につけることのできるスキルです。だからこそ、「そういう人がいてくれたら」と願うのではなく、「そういう役割」を組織の仕組みとして設けるのです。
例えば、品質会議では、あえて異論を述べる役割を設けます。出荷可否を判断する部門や担当者に、製造ラインから独立した権限を与え、問題や判断を上位者に上げた人が不利にならない評価にします。声を上げることが性格の問題ではなく、与えられた役割として成立する状態をつくります。そこまでやって初めて、現場特有の3つの合理性にあらがうことができます。
冒頭の問いに戻りましょう。一流の人材と潤沢なリソースを持つ企業でも品質問題が起きるのは、そこに悪い人がいるからではありません。最終顧客の顔が見えず、品質の定義がそろわず、現場独自の合理性が働いているからです。その結果、判断が現場に吸収されていきます。この構造は、企業規模を問いません。裏を返せば、施策も規模を問いません。必要なのは、現場の合理性そのものを責めることではなく、それが品質問題につながらない仕組みを構築することです。
第1回では、品質問題を現場の「意識」の問題ではなく、組織として行うべき判断を現場が吸収してしまう「仕組み」の問題として捉えてきました。しかし、現場の仕組みを整えるだけで、品質問題がなくなるわけではありません。
次回は視点を経営に移し、なぜ品質方針やQMSが現場で形骸化してしまうのか、その背景にある「経営と現場の断絶」を掘り下げます。品質を単なるコストや守りの活動として捉えるのではなく、事業価値につなげるための「採算志向」のQMSについて考えます。(次回に続く)
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吉田真人(よしだ まさと)
ウィズプロ
大阪大学大学院基礎工学研究科修了後、大手電子部品メーカーに18年間従事。製造現場での改善・管理、開発部門での新規プロセス・新製品開発、R&D部門での新規事業開発を経験。2023年に大手FA機器メーカーへ転じ、顧客企業のコンサルティングや事業企画を経て、現在は経営管理に従事している。
並行して自身が代表を務める法人を通じて、30社を超える企業・スタートアップを支援。経営戦略、品質・生産管理、製造革新、新規事業開発などを幅広く手掛ける。プロ人材サービス「ウィズプロ」では、製造業の品質・生産分野を中心に、制度設計から現場定着まで一貫して支援し、経営と現場をつなぐ取り組みを行っている。
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