世界最高の織機「無停止杼換式豊田自動織機(G型)」はいかにして完成したのかトヨタ自動車におけるクルマづくりの変革(13)(6/6 ページ)

» 2026年06月30日 08時00分 公開
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5.なぜ止まらずに、安全に、高品質な布を織り続けられるのか

 ここで、連載第12回の表1に示した「1925年の特許リスト」と、表2に示した無停止杼換式豊田自動織機(G型)の主要な装置の(4)〜(9)を整理/統合すると、世界一と称された無停止杼換式豊田自動織機(G型)が、「なぜ止まらずに、安全に、高品質な布を織り続けられるのか」の全体像が見えてくるように思える。そこで、これらを「機能別」に分類して見てみる。

 表5に、無停止杼換式豊田自動織機(G型)の特許と装置統合を示す。無停止杼換式豊田自動織機(G型)の核心は、「高速で動きながら、トラブルを未然に防ぎ、糸がなくなれば勝手に補充する」という点にある、といえる。

分類 関連する特許番号 技術名称(リストの番号) 役割と統合解説
1.自動補充の核心 68970/69591/65950(喜一郎)/65821 (6)無停止自動杼換装置
10.予備杼溜
17.杼押桿作動装置
【止まらない仕組み】
糸が切れる前に予備の杼(シャットル)をストック(65950)から送り出し、高速運転を維持したまま一瞬で交換する(68970)。この時、杼を押し込む力加減を制御するのが「杼押桿(65821)」である
2. 知能と誘導 (関連特許多数) (5)杼換誘導装置 【交換のタイミングを計る】
「ウェフトフィーラ(探子)」がボビンの糸残量を検知し、適切なタイミングで「次は交換しろ」という信号を装置へ送る
3. 安全/品質保持 73318/67628 (4)杼換安全装置
(7)不正杼入れ防止装置
(8)杼停止位置安全装置
(9)たて糸保護装置
6.経糸切断停止装置
【機械と布を守る】
高速運転故の事故を防ぐ。杼が正しくない位置に止まれば瞬時に停止させ(8)(9)、交換がうまくいかなければロック(4)(7)、糸が切れれば自動停止(73318)する
表5 無停止杼換式豊田自動織機(G型)の特許と装置統合の一覧

 表5から、統合のポイントについて次の3つの視点から見てみる。

視点1:供給/実行/制御の三位一体(特許65950、68970、65821)

 これらはバラバラではなく、一つの「自動交換ライン」として機能する。

  1. 供給:喜一郎の「予備杼溜(65950)」が弾倉のように杼を待機させる
  2. 実行:佐吉の「杼換装置(68970/69591)」が古い杼をたたき出し、新しいものを入れる
  3. 制御:佐吉の「杼押桿(65821)」が、交換時に杼を正確な強さで押し込む

 この連携により、人手による作業が完全にゼロになった。

視点2:「自動化」を支える「安全装置」の徹底(装置(4)〜(9))

 いくら自動で速くても、機械が壊れたり布にキズが入っていたりしては意味がない。

  • (5)杼換誘導装置が糸の終わりを予見する
  • もし杼が変な角度で入ろうとしたら(7)不正杼入れ防止が働く
  • もし杼が詰まったら(4)杼換安全装置が全体をロックする

 「止まらずに織る」ことと「異常時に即座に止める」こと。この矛盾する2つを高度な機械工学で両立させたのが無停止杼換式豊田自動織機(G型)である。

視点3:佐吉、喜一郎の親子による技術の継承と発展

 特許リストを見ると、父の佐吉が織機全体の構造や安全装置を固め、息子の喜一郎が「予備杼溜(マガジン)」という具体的な供給ユニットを完成させていることが分かる。この協力体制が、世界に類を見ない(6)無停止自動杼換を完成させた。

6.なぜ無停止杼換式豊田自動織機(G型)は「革命」だったのか

 ここからは、なぜ無停止杼換式豊田自動織機(G型)が「革命」だったのかについて考察する。

 豊田佐吉、喜一郎らの特許群と発明装置が統合された結果、1人の作業員が取り扱える織機の数が、従来の2〜3台から一気に25〜50台へと跳ね上がった。特許群と発明装置を人間の部位に例えると、次のように表すことができよう。

  • 特許65950号、68970号など=手を動かす「筋肉」
  • 装置(5)(フィーラ)=状況を判断する「目」
  • 装置(4)(7)(8)(9)=事故を防ぐ「反射神経」

 これらが1925年(大正14年)という時期に全てパッケージ化されていたことが、豊田佐吉と喜一郎の技術が世界一(英国プラットへの技術供与)と認められた理由、と考えられる。

 あらためて、1924年(大正13年)から1925年(大正14年)にかけての特許群と、表2に示した無停止杼換式豊田自動織機(G型)の主要装置を整理/統合すると、「世界最高の織機」がいかにして完成したかという壮大な設計思想がうかがえる。

 これらを「生産性」「品質維持」「安全性」の3つの軸で整理/統合すると表6〜8のようになる。これは、父である佐吉の「発明の執念」と、息子である喜一郎の「科学的アプローチ」が融合した結晶、といえよう。

【生産性】止まらずに織り続ける「自動杼換システム」

 織機を止めずに、空になったシャットルを新しいものと入れ替える、G型の心臓部である。

分類 特許番号(年/人物) 関連する装置/役割
供給/待機 65950(1925/喜)
66012(1924/佐)
予備杼溜(マガジン)/自動木管換装置
弾倉のように予備のシャットルや木管をストックし、供給を自動化する
交換実行 65156(1924/喜)
68970(1925/佐)
(6)無停止自動杼換装置
高速運転中に、一瞬(0.1秒以下)で杼をたたき込む核心技術
誘導/案内 60283(1924/佐)
65821(1925/佐)
(5)杼換誘導装置/14.杼緯糸引通装置
新しい糸をスムーズに引き出し、正確な位置へシャットルを導く
表6 【生産性】止まらずに織り続ける「自動杼換システム」

【品質維持】均一な布を織る「張力(テンション)/送出管理」

 喜一郎が主導した、布の品質を一定に保つためのメカニズムである。

分類 特許番号(年/人物) 関連する装置/役割
送り出し 68677(1924/喜) 5.経糸送出装置(ウオーム歯車式)
たて糸を出す速度を歯車で精密に制御し、織りムラを防ぐ
張力調整 68678(1924/喜) 5.経糸張力調整装置
織っている最中のたて糸の張り具合を一定に保ち、高品質な布を実現する
表7 【品質維持】均一な布を織る「張力(テンション)/送出管理」

【安全性/自働化】異常を検知して止まる「自働化(Jidoka)」

 「機械に人間の知恵をつける」というトヨタの思想が最も現れている部分である。

分類 特許番号(年/人物) 関連する装置/役割
糸切れ検知 64513(1924/佐)
67066(1924/喜、西川)
73318(1925/佐)
(9)たて糸保護装置/6.ドロッパ探知式停止装置
たて糸が1本でも切れたら、瞬時に機械を止めて不良品を防ぐ
衝突/破損防止 64601(1924/佐)
64798(1924/佐)
(4)杼換安全装置/17.杼押装置(スエル)
杼の位置が悪い時は交換をロックし、機械の損壊を防ぐ
ミス防止 (装置(7)(8)) (7)不正杼入れ防止/(8)杼停止位置安全装置
向きが違う杼が入るのを防ぎ、常に正しい位置で動作させる
表8 【安全性/自働化】異常を検知して止まる「自働化(Jidoka)」

 表6〜8から見えてくる無停止杼換式豊田自動織機(G型)の凄さについて見ておく。

1924年(大正13年)の突破口

 この年、喜一郎の参画によって技術が体系化された。特に「自動杼換装置(65156)」と「経糸送出装置(68677)」の登録により、ただ自動なだけでなく、「高品質な布を高速で織る」という商業的成功の基礎が確立された。

1925年(大正14年)の完成

 1924年の基本構造を受け、1925年にはさらに細かな「精度」と「確実性」を向上させる特許(68970、65950など)が集中している。これにより、「1人の作業員が50台同時に管理できる」という驚異的な生産性が現実のものとなった。

協力者である西川秋次の存在

 特許67066号には、喜一郎とともに西川秋次の名がある。西川は後に豊田紡織の上海工場の責任者となる人物で、現場の知恵(ドロッパによる停止装置)が開発に深く組み込まれていたことが分かる。

7.豊田佐吉の「自働化」哲学の具現化

 以上、これらの特許群を整理すると、単に「便利な機械」を作ったのではなく、以下の3つを同時に達成する「システム」を作り上げたことが分かる。

  1. 無停止(生産性):杼換装置とマガジン(予備杼溜)による連続運転
  2. 高品質(精度):ウオーム歯車による送出と張力の管理
  3. 自働化(安全性):異常を検知して止まる各種安全装置

 「機械を止めるな、だが異常があれば即座に止めろ」という、この一見矛盾する思想を、1924〜1925年(大正13〜14年)の2年間で完成させたことが、後のトヨタ自動車へとつながる技術的プライドの源泉となったと考えられる。(次回に続く)

参考/引用文献

  1. トヨタ自動車75年史
  2. トヨタ自動車「創造限りなく トヨタ自動車50年史」、大日本印刷、1982年11月3日
  3. 産業技術記念館資料
  4. 「四十年史」、豊田自動織機製作所、1967年11月18日
  5. 「豊田佐吉伝」、豊田佐吉翁正伝編纂所、1933年1月1日
  6. 曽根英秋、トヨタの中国進出―1921年〜2017年―、愛知大学リポジトリ、2018年
  7. Wikipedia
  8. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第1回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.2、42〜47、2014年2月
  9. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第2回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.4、36〜41、2014年4月
  10. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第3回 1960年代後半から1970年代のトヨタ自動車のものづくりの形態」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.7、36〜41、2014年7月
  11. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第4回 1950年代後半から1970年ころまでのものづくり形態の概要 その1」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.31、No.3、40〜44、2015年3月
  12. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第5回 1950年代後半から1970年ころまでのものづくり形態の概要 その2」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.31、No.11、42〜47、2015年11月
  13. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第6回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.2、44-49、2018年2月
  14. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第7回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.5、40〜48、2018年5月
  15. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第8回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.10、42〜47、2018年10月
  16. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第9回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.2、42〜47、2018年2月
  17. 武藤一夫「はじめてのCAD/CAM」、工業調査会、2000年2月(B5判/285ページ)
  18. 武藤一夫「進化しつづけるトヨタのデジタル生産システムのデジタルのすべて」、技術評論社、2007年12月(A5判/271ページ)
  19. 武藤一夫「図解CAD/CAM入門」、大河出版、2012年8月(B5判/305ページ)
  20. 武藤一夫「実践メカトロニクス入門」、オーム社、2006年6月(B5判/228頁)
  21. 武藤一夫「実用CAD/CAM用語辞典」、日刊工業新聞社、1998年6月(B6判/316頁)
  22. 武藤一夫「エンジニア必携トヨタに学ぶデジタル生産・事例・用語集」、産業図書、2021年12月(A5判/887ページ)

筆者プロフィール

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武藤 一夫(むとう かずお) 武藤技術研究所 代表取締役社長 博士(工学)

1982年以来、職業能力開発総合大学校(旧訓練大学校)で約29年、静岡理工科大学に4年、豊橋技術科学大学に2年、八戸工業大学に8年、合計43年間大学教員を務める。2018年に株式会社武藤技術研究所を起業し、同社の代表取締役社長に就任。自動車技術会フェロー。

トヨタ自動車をはじめ多くの企業での招待講演や、日刊工業新聞社主催セミナー講演などに登壇。マツダ系のティア1サプライヤーをはじめ多くの企業でのコンサルなどにも従事。AE(アコースティック・エミッション)センシングとそのセンサー開発などにも携わる。著書は機械加工、計測、メカトロ、金型設計、加工、CAD/CAE/CAM/CAT/Network、デジタルマニュファクチャリング、辞書など32冊にわたる。学術論文58件、専門雑誌への記事掲載200件以上。技能審議会委員、検定委員、自動車技術会編集委員などを歴任。


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