――開発で特に苦労した技術的課題はどこにありますか。
山本氏 IoTデバイスという特性上、ハードウェア、ソフトウェア、そして両者をつなぐ通信のそれぞれに課題がありました。まずハードウェア面では、靴の中という特殊な環境でセンサーを安定して動作させることが大きなテーマでした。靴内部は汗や圧力、衝撃、温度変化といった負荷が常にかかるため、違和感を最小化できるよう部材の配置や構造を調整しながら設計を進めました。また、IPX7相当の防水性能を備え、日常の汗や雨による水ぬれにも対応できる構成としました。
ソフトウェア面では、加速度、角速度、感圧という異なるタイプのセンサーを組み合わせてデータを扱う点が大きなチャレンジでした。一般的に、これらのセンサーは計測周期や単位が異なる上、歩行中は揺れや衝撃によるノイズも多いため、データの整合をとること自体が難しいとされています。そのため、複数センサーを一体的に扱えるよう、細かな調整を重ねていきました。
さらに通信面では、足元という人体に近い位置でデバイスを使用するため、無線接続の安定性が重要なテーマになりました。歩行中にどのような癖が出ているのかをその場で確認できることは、姿勢改善に向けた気付きにも直結します。ardiはBLEでスマートフォンと連携しており、歩行中のデータをリアルタイムに安定してスマートフォン側へ送信できるよう、設計段階から通信まわりの最適化を図っています。
――バッテリーの安全性については、どのような考え方で進めてこられたのでしょうか。
山本氏 インソール型デバイスは、足裏への衝撃や屈曲が繰り返し加わる環境で使用されるため、配置や構造の工夫に加えて、安全性が確認された電池のみを採用しています。将来的には、歩行によってエネルギーを生み出す振動発電のような技術にも可能性を感じていますが、現時点では安全性と安定性を確実に担保できる構成を最優先にしています。
――開発体制について教えてください。
山本氏 ardiの開発は、社内と外部パートナーが連携して進めています。企画や全体設計は社内が担い、ハードウェアやソフトウェアの詳細設計、製造については、それぞれの分野で専門性を持つ外部パートナーと協力しながら進めています。また、足や姿勢の専門家、大学の先生、パーソナルトレーナーの方々にも参加いただき、企画から開発まで、およそ3年を掛けて取り組んできました。
社内では、プロダクトマネージャーとマーケティングチームが中心となり、「誰にどのような体験を届けるのか」というユーザー像と目的の共有を重視しました。この方針は外部パートナーとも共有し、同じ方向性の下で開発を進めています。
――Makuakeで先行販売を行った理由を教えてください。
山本氏 早い段階でユーザーの反応を確認したかったことが、大きな理由です。ardiはまだ開発途中で、われわれも仮説を基にモノづくりを進めていたため、「ニーズに合っているのか」「製品がどのように受け止められるのか」を確かめたいと考えていました。
いくつかクラウドファンディングサービスを比較しましたが、Makuakeは男女比や年代のバランスが良く、取り扱うカテゴリーも幅広いことから、より多様なユーザー層に触れていただけると判断しました。また、「どのポイントに期待しているのか」「どこに不安を抱くのか」といった率直な声を集めやすい点も魅力でした。
――プロジェクト初日で約1000万円の応援購入金額を集めるなど、大きな反響がありました。購入者の声から見えてきたことはありますか。
山本氏 「歩き方を見直したい」「猫背を改善したい」といった声を多くいただき、姿勢に悩んでいる方が想像以上に多いことを実感しました。一方で、「変化を実感できるのか」といった不安の声も寄せられています。こうした意見を踏まえ、単に数値を提示するだけでなく、それがどのような意味を持つのかをストーリーとして伝えられるよう、アプリケーション側の見せ方を工夫する必要性をあらためて認識しました。
――今後の展望を教えてください。
山本氏 ardiについては、まず継続して使っていただける体験をさらに高めていきたいと考えています。継続には「見える化」だけでなく、その先の行動変化につながる仕組みが欠かせません。UI(ユーザーインタフェース)/UX(ユーザー体験)の改善は今後も重点的に取り組むテーマであり、Makuakeでいただいた声を製品へ反映しつつ、より良い形で一般販売へつなげる予定です。
また、足まわりの動作データを計測する技術そのものにも、大きな潜在力を感じています。得られたデータにどのようなUIや体験を掛け合わせるかによって、別サービスへの展開の幅も広がります。応用の余地は多岐にわたり、今後の展開に向けてさまざまな方向性を探りながら、次の仕掛けに向けた検討も進めているところです。
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長島清香(ながしま さやか)
編集者として地域情報誌やIT系Webメディアを手掛けたのち、シンガポールにてビジネス系情報誌の編集者として経験を重ねる。現在はフリーライターとして、モノづくり系情報サイトをはじめ、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
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