本連載では、応援購入サービス(購入型クラウドファンディングサービス)「Makuake」で注目を集めるプロジェクトを取り上げ、新製品の企画から開発、販売に必要なエッセンスをお伝えする。第7回では、先端技術を搭載した服で「未来のファッション」の創造に取り組むMOONRAKERS TECHNOLOGIESの事例を紹介する。
市場環境が変わる中、B2B事業で培った技術を生かして新たにB2C製品を作るモノづくり企業が増えている。大きなチャンスだが、今までと異なる機軸で新製品を作る上では大変な苦労もあるだろう。本連載では応援購入サービス(購入型クラウドファンディングサービス)「Makuake」のプロジェクトをピックアップし、B2C製品の企画から開発、販売に至るまでのストーリーをお伝えしたい。
イノベーション創出は、変化する社会での生き残りを迫られるモノづくり企業にとって大きな関心ごとだ。一方で、新たな試みをしたくとも、コーポレートガバナンス順守の要求との板挟みに悩まされる現場も多い。特に大企業にとっては頭の痛い問題だ。これに独自の取り組みで、一つの解決の方向性を見せている企業がある。東レ発のスピンオフベンチャーであるMOONRAKERS TECHNOLOGIES(ムーンレイカーテクノロジーズ)だ。
MOONRAKERS TECHNOLOGIESは現在、2022年4月から本格的にスタートした東レの先端技術商品開発プロジェクト「MOONRAKERS」を、独立した企業として運営している。同プロジェクトは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と東レが共同開発した先端技術を搭載したTシャツ「MOON-TECH(ムーンテック)」や、動物性の材料を使用せず人工的にレザーの繊維構造を再現したコート「キマイラスキン」など、高機能素材を活用した製品を世に送り出している。
MOON-TECHには宇宙ステーションでの生活を想定した、高度な消臭、防汚技術を筆頭に12種類の高水準な機能性が搭載されている。汗の不快要素であるにおいやべた付き、夏場の汗染みなど生活における不快要素を大幅に軽減する。宇宙ステーションでの使用に耐え得る製品として開発されたがゆえに、一般的な消臭性能を大きく上回る機能性など「現在のフルパワーの先端技術」(MOONRAKERS TECHNOLOGIES)を搭載している。ある意味“過剰”ともいえる高機能さが注目を集め、熱心な購入リピーターも少なくないという。
プロジェクトを推進するのは、MOONRAKERS TECHNOLOGIES 代表取締役の西田誠氏だ。西田氏は東レ入社後から素材開発に携わり、三度の社内ベンチャーを連続して成功に導いてきたシリアルイントレプレナー(連続社内起業家)だ。過去には、当時の先端素材だったフリースの事業で、東レとユニクロの取り組みのきっかけを作った。その後、先端素材をベースにした縫製品のOEM部門を立ち上げ、7年間で事業規模を50億円に拡大させた。MOONRAKERSは、西田氏にとって3つ目の社内ベンチャーとなる。今回は、西田氏にMOONRAKERSの成功への道筋や、大企業においてイノベーションを起こすための鍵について話を伺った。
――MOONRAKERSは、大企業の社内ベンチャーとしては珍しい、スピンオフでの株式会社化を実現されました。なぜ独立する必要があったのでしょうか。
西田誠氏(以下、西田氏) 一言でいうと、大企業のガバナンスの枠を外し、圧倒的なスピードを手に入れるためです。新規事業を成功させる方法はさまざまだと思いますが、私はスピード、すなわち「高速であらゆる検証を繰り返す」ことが最も重要だと考えています。
しかし、新たにMOONRAKERSのプロジェクトを始めた2020年当時は、ガバナンスとコンプライアンス強化が世界的な潮流として生じており、また、東レにとってto Cビジネスは初の試みでもあったため、ほぼ全ての動きに必ず稟議(りんぎ)が必要な状態でした。当時、多い時には稟議書を月に20本は書いていましたね。ほぼ1日1件のペースです。ハンコをもらうまでの期間は早いもので2週間、長いものだと半年間議論を続けても承認が得られないものもありました。このような状況では、新規事業に最も重要なスピードは甚だしく毀損(きそん)してしまいます。
私はこのような状況を「冒険と統治の対立関係」と呼んでいます。ガバナンスとベンチャーを日本語に置き換えると「統治」と「冒険」ですが、この2つの概念は対立してしまいがちです。もちろん実行者側は非常に苦しい思いをしますが、同時に管理者側も「言いたくないけど、言わねばならない」という状況で、非常につらいわけです。これは「大企業で新規事業がうまくいかない理由」の大きなポイントであり、東レだけでなく多くの大企業に共通する課題だと思います。
この状況を打開するために、東レの経営層と話し合い、東レの出資比率を20%以下に引き下げ、グループ会社ではない形でスピンオフすることにしました。私は過半数の株式を保有する独立会社の社長として、最終的な決定権を持つ立場になりました。
これによって、考えたプランを実行に移す決定に要する時間は、せいぜいメンバーに相談して意見をもらう20分程度。稟議の待ち時間が最低2週間(分数で2万分)かかっていたころと比較すると、事業のスピード感は1000倍です。結果として、「高速であらゆる検証を繰り返す」ことが可能になり、事業の加速が大幅に進みました。
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