Kplerでアジア太平洋地域のマリタイム部門を率いる山田優氏は、自身の長年にわたる航海士経験から得た「安全運航に勝るものはない」という言葉を強調しながら、Marine Trafficの日本国内における具体的な活用事例を紹介した。
まず挙げたのは海運会社や船舶運航者によるMarine Traffic再生(プレイバック)機能の活用だ。過去5年間にわたる船の航跡と当時の気象条件を検証できる他、事故調査や再発防止の教育にも活用できるので、初入港時のリスク評価にも役立っている。実際に港の混雑状況やタグボートの付け方を事前に把握することで、現場の安全性が大幅に高まるという。
Marine Trafficの国内におけるビジネスユースケース。海事関連のみならず幅広い業種でMarine Trafficが提供するデータが利用されている[クリックで拡大] 出所:Kpler、Marine Traffic港湾や造船、舶用機器メーカーにとっては、船の滞在時間やバース待ち時間を可視化できる点が大きい。検査や修繕、作業員の手配を効率化し、必要に応じて「なぜ予定通りの速力が出なかったのか」といった検証にも活用できる。メーカーにとっては、自社製品を搭載した船舶の性能比較や、ライバル製品とのベンチマーク分析で欠かせないデータになっている。
金融と保険分野でも導入が進む。制裁対象国との関係を巡るリスク評価において、船が本当に寄港したのか、それともスプーフィング(偽装信号)だったのかを判別できるのは重要だ。山田氏は、日本の銀行が融資する船について「イランに寄港した」との疑いが寄せられた事例を紹介し、AIS解析により虚偽の信号だったことを証明できた事例を紹介した。これは、海事データが金融コンプライアンスに直結することを示す象徴的な例といえる。
物流事業者の分野では、コンテナトラッキングの有効性を訴える。従来の多くのサービスは、船会社が無料公開する断片的な情報を集約するにすぎなかったが、Marine Trafficは衛星AISや乗組員によるETA更新を直接取り込み、正確な位置と到着予測を提供できるので、トラックや倉庫の手配を事前に最適化でき、顧客への精度の高い納期説明が可能になる。
研究機関や官公庁では、貿易統計や港湾物流の分析に用いている。例えば「特定の港にどれほどのコンテナ船が寄港し、どの地域と結ばれているか」といった長期的なトレンドを追跡することで、日本の経済安全保障や港湾計画に資するデータが得られるという。気候変動対策や環境評価においても、船の待機時間やGHG排出量の把握が注目されている。
「Marine Trafficは単なる船舶追跡ツールではない。海運のブラックボックスを解き明かすことで、業務効率から安全確保、リスク管理まで幅広い領域で新しい価値を提供できる」(山田氏)
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