Kplerのリスク&コンプライアンス部門を率いるディミトリス・アンパージディス氏は「海運業は今や最前線の規制産業だ」と強調した。背景にあるのは、国際的な経済制裁、地政学的緊張、そして気候変動対応だ。輸送に関わる船舶や貨物がどの国と取引しているのか、どの港に寄港しているのかといった情報は、単なる物流管理の枠を超え、法令順守における企業の信用や評判の維持に直結している。
アンパージディス氏は「制裁回避の手口」について言及した。近年問題となっているのが、AIS信号を意図的に偽装する「スプーフィング」や、一定期間信号を停止して航跡を隠す「ダークアクティビティー」だ。これらの回避策によって船舶が制裁対象国の港に立ち寄った事実を隠蔽(いんぺい)しようとするケースが後を絶たないという。従来は事後的な調査でしか発覚しなかったこうした行為も、Marine Trafficのように膨大なAISデータを直接収集して解析する仕組みによって、リアルタイムに検出できるようになった。
さらにアンパージディス氏は、制裁リスクの高まりが金融機関や保険会社の判断に大きな影響を与えている点も指摘した。銀行が融資先の船舶の運航実態を監視したり、保険会社が引受の可否を判断したりするとき、正確な運航データが不可欠になる。Kplerでは、膨大な航跡データに加え、積荷の種類や積替え地点といったAISで扱う補足情報を統合することで、「船がどこで、誰と、何を運んでいるのか」を高い確度で可視化できると説明した。
リスク管理の観点は経済制裁の順守だけでない。環境規制の強化も大きな課題だ。国際海事機関(IMO)が主導するGHG(地球温暖化ガス)削減の枠組みにおいて、各船舶の燃費性能やCO2排出量が厳格にモニタリングされる。アンパージディス氏は「これからのコンプライアンスは、環境リスクと経済制裁リスクの両方を同時に扱う必要がある」と述べ、データドリブンなモニタリング体制の重要性を訴えた。
日本市場に目を向ければ、銀行から商社、そして造船所といった幅広い企業と業界がこの分野に強い関心を寄せている。特に金融機関からは「自社が融資する船舶が経済制裁対象国に関与していないか」「環境規制に適合しているか」といった問い合わせが急増しているという。これに応えるためには、従来の書面確認や現場調査だけでは不十分で、AISを中心としたデータ基盤を活用することが不可欠だ。
アンパージディス氏は、「透明性こそがリスクを制御し、信頼を構築する唯一の道だ」と述べたように、Marine TrafficとKplerが提供するデータサービスは、単なる運航管理ツールではなく、コンプライアンスが求められる現代のビジネス活動を支えるインフラになりつつある。経済制裁から環境、保険、金融など複雑化する海運リスクの時代において、データの力が持つ意味はかつてなく大きいとアンパージディス氏は訴えた。
Marine Trafficのコンテナ部門を統括するマキシミリアン・ヴァイゲルト氏は、「コンテナ輸送における真の課題は“見えないこと”だ」と主張する。世界を行き交う数千万本のコンテナは、船社や港湾ごとに管理が分断し、サプライチェーン全体の状況を一元的に把握することが難しい。その結果として、積み替えの遅延や港湾混雑によるスケジュール変更が発生しても、荷主や物流事業者が事前に察知できないケースが多かった。
ヴァイゲルト氏は、そのソリューションとしてMarine Trafficが提供する「コンテナ可視化プラットフォーム」を取り上げた。AISによる船舶位置情報を基盤に、170社以上の船会社や700超のコンテナターミナルと接続し、コンテナ単位での動きを追跡することで「どの船に積まれているのか」「どの港で積み替えが行われたのか」「遅延リスクがあるのか」といった情報を、リアルタイムかつ高精度に提示できるようになった。特に船会社から報告される予定時刻とAISデータを突き合わせて検証する仕組みは、誤報や遅延の兆候を早期に検出する強力なツールとなっている。
加えて、単なるトラッキングにとどまらず、AI(人工知能)と人間の知見を組み合わせた「予測インテリジェンス」にも注力している。台風や労働争議、地政学リスクといった突発的事象はAIだけでは正確に捉えにくいため、専門アナリストが状況を監視し、AIモデルの学習を補完する。こうして算出されるETA(到着予測時刻)は、単一の最終目的地だけでなく、中継港での積み替えや次航路の船舶まで考慮した“航海全体の予測”として提供される。
さらにヴァイゲルト氏は「可視化は現場オペレーションだけでなく、戦略的な意思決定にも貢献する」と強調した。横浜港を例に、ターミナルごとの混雑度や処理効率を数値化し、どの船会社がどのバースを利用しているかを可視化することで、荷主は最適な寄港先を選び、混雑を避けてルートを調整できる。これは港湾運営者にとっても、自らの施設のボトルネックを把握して改善する材料になる。
データの提供形態も柔軟だ。Webアプリ上でコンテナやターミナルの状況を直感的に監視できる他、APIを通じてTMS(輸送管理システム)やERPに組み込むことで大規模なコンテナ群の一括管理も可能だ。これにより、物流事業者にとどまらず原材料を調達するメーカーでさえも自社の業務フローにシームレスに可視化情報を統合できる。
ヴァイゲルト氏は「コンテナ物流はグローバルサプライチェーンの動脈であり、その可視化は業界全体の効率性と信頼性を高める革命だ」と産業活動における動態把握の重要性を訴えている。
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