これらのうち、データ2次利用プラットフォームの観点から注目すべきは、欧州ゲノムデータインフラストラクチャ(GDI)である(関連情報)。GDIは、2022年、EUのデジタルヨーロッパプログラム(関連情報)からの助成金を受けてスタートした。GDIでは、英国のELIXIR Hubが調整役(関連情報)となり、EU各国に渡って必要なデータインフラストラクチャを展開することによって、スケールアップ&持続可能性のフェーズを主導する役割を果たしている。現時点で北欧/バルト諸国からは、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニアが参画している。
GDIのインフラストラクチャは、ELSI(倫理的、法的、社会的課題)を順守しながら、EUリポジトリ全体に渡る連携型クエリをサポートする。これにより、研究者は、研究目的でアクセス可能なデータを迅速かつ効率的に識別することが可能になるとしている。一度データへのアクセスが認可されると、データガバナンス原則に従って、連合学習・分析サービスによりデータ分析が可能になり、医療やイノベーション、政策立案に関する研究アウトカムおよびそのインパクトが加速されるとしている。
なお、GDIは、2023年6月26日、B1MGプロジェクトからの希少疾患およびがんの概念実証(PoC)をベースに、「GDIスターターキット」をリリースしたことを発表している(関連情報)。このツールは、連携型データアクセスワークフローをサポートする重要なアウトプットである。参考までに、図4は、GDIスターターキットにおけるデータアクセスワークフローを示している。
GDIスターターキットは、本連載第95回で触れた「ゲノミクスと健康に関するグローバルアライアンス(GA4GH)」(関連情報)のオープンコミュニティー標準規格に基づいて、20のGDIノードが共同開発したソフトウェアアプリケーションおよびコンポーネント群である(関連情報)。このキットは、全ての国に、国境を越えて合成ゲノムデータおよび表現型データにアクセスするための技術的ケーパビリティを付与するものである。
GDIは、国家レベルのノードだけでなく、将来ソフトウェア技術を利用する公的機関や企業においても、これらのソフトウェアおよび標準規格を自らの環境に取り込むことによって、法的、組織的、意味論的、サービス面の相互運用性を拡大することができるとしている。
北米主導のGA4GHと欧州主導のGDIに共通するのは、Dockerに代表されるクラウドネイティブなオープンソースプラットフォームを採用している点だ。欧州の場合、本連載第61回で取り上げた新型コロナウイルス感染症接触追跡アプリケーション越境連携ゲートウェイや、第71回で取り上げたEUデジタルCOVID証明書向けトラストフレームワークなどを通じて、アプリケーションコンテナ、マイクロサービス、APIなど、オープンソースをベースとするクラウドネイティブなプラットフォーム技術を導入していった経緯がある。
欧州諸国の中でも、エストニアは、オープンソースのデータ連携基盤「X-Road」を導入した経験/ノウハウをベースに、ノーコード/ローコード型のアプリケーション開発/運用体制を強化するなど、もともと、最新のクラウドネイティブ技術導入に積極的だ。GDIに対しても、タルテュ大学のゲノミクス研究所およびコンピュータサイエンス研究所とエストニア社会事業省が連携して、先導的な役割を果たそうとしている。
2024年6月4日には、韓国中小ベンチャー企業部が、江原道の江原テクノパークとエストニアのタルトゥサイエンスパークの間で、AI医療人材の育成促進に関する覚書(MoU)を締結されたことを発表している(関連情報)。オープンソースやクラウドネイティブ技術の活用に関して後発組に位置する日本のバイオバンクに参考となる点は多い。
笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所、グロバルヘルスイニシャチブ(GHI)等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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