欧米と日本の製造業では、意思決定プロセスが大きく異なる。欧米では経営陣が全体最適を重視し、トップダウンにより意思決定を行い、現場はその決定事項を遂行して成功を収めてきた。一方、日本はボトムアップ型で、現場に多くの権限が委ねられており、現場が主体的に創意工夫を積み重ねてきた。これが日本の製造業における成功要因の1つとなっている。
FA(ファクトリーオートメーション)の分野でも差異がある。欧米では生産ライン全体をラインビルダーから一括購入することが一般的だ。これに対して日本では機械メーカーから個別に装置を購入し、現場で組み合わせて生産ラインを構築した上で、継続的な改善を加えていく。
この違いはDXの優劣を意味するものではない。どちらのアプローチにも、それぞれメリットとデメリットがある。「日本は製造DXが遅れている。ドイツの例を見よ」などの声もあるが、筆者は欧米型のDXを日本で模倣するだけでは、成功できるとは思えない。先進事例を参考にしつつも、現場の力を生かした日本独自のDXを生み出すべきだと感じている。
日本でも一部の企業では、現場の力を生かした「草の根DX」のアプローチによりDXを成功させている。特に重要なのが、短期で成果を挙げる「クイックウィン」の考え方と、DXの基礎を学べる教育サービス/ソリューションによるOJT(On the Job Training)を行う、という2つの視点だ。
製造業は他の業界よりも特に、クイックウィンにより、小規模でも素早く確実に成果を挙げることが重要である。工場ごとに使用する技術や運用プロセスは異なり、それが差別化要素にもなっているため、業界内の類似企業であっても工場が抱える課題は異なる場合が多い。そのため、他社事例を見ても「うちには合わない」との反応が多くなる。そのため、まずは自社独自の事例を作り出すことが必須になる。
当社の顧客である大手化学メーカーは、「スマートファクトリー」を掲げつつも、あえて共通材料を扱う資材倉庫から小さくDXを開始した。これにより、全部門が資材倉庫に共通材料を取りに来るたびに、自社のDX事例に触れざるを得なくなった。他にも、マネジャー会議での成果報告や社外カンファレンスへの登壇を通じて、社内の他部門に自社独自の事例を伝えている。
また、DXの基礎を学べる教育サービス/ソリューションによるOJTは、社内で「現場サイエンティスト」を育成し、自社のDXを推進する最短ルートになる。外部のデータサイエンティストが、工場の業務プロセスを完全に理解できることはまれだ。それよりも現場の人材がデジタル技術を学んだ方が早い。
ただし、難解な統計学やデジタル技術の基礎を座学で学ぶだけでは不十分だ。押さえるべきは、自身の業務でのデータ活用方法やDX実現のポイント、外部専門家との付き合い方などである。これらはDXの基礎を学べる教育サービス/ソリューションを使用した実践的な学習により身に付けるのが近道だ。
当社の顧客である大手機械メーカーは、「どんな現場でもデジタルへの関心、知識がある人材が5〜10%は必ず存在する」と語る。その人材をDXプロジェクトに抜てきし、会社が支援してクイックウィンで「勝たせる」ことで、自信を持って現場サイエンティストとして成長するというのだ。
DXを成功させるためには、日本の製造業の特性を最大限に生かしたアプローチが効果的だ。そのためにはこれまで述べたように、オペレーションを簡単にする柔軟なDXと、現場力を生かす草の根DXが特に重要である。
次回は、DXの重要な要素であるIoTについて深堀りしてみたい。そして、米国のTesla(テスラ)を事例として、IoTの観点から製造業としての凄さを解説し、国内製造業のモノづくりに示唆を与えるエッセンスについて解説する予定である。
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林英俊(はやし ひでとし) スマートショッピング代表
ローランド・ベルガーで製造業中心に経営コンサルティング。Amazon.comで定期購入・有料会員プログラムの立ち上げ・グロースを経験。
スマートショッピングを創業、リアルタイム在庫把握で現場カイゼンが可能な生産管理DX「スマートマットクラウド」を展開。DXやIoTに関する講演多数。
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