本連載では、「デジタルツイン×産業メタバースの衝撃」をタイトルとして、拙著の内容に触れながら、デジタルツインとの融合で実装が進む、産業分野におけるメタバースの構造変化を解説していく。
本連載では、「デジタルツインとの融合で実装が進む産業メタバース」をタイトルに連載として、拙著『メタ産業革命〜メタバース×デジタルツインがビジネスを変える〜』(日経BP)の内容にも触れながら、本連載向けに新たに追加する内容を含めて、産業分野におけるデジタルツインとの融合により実装が進む産業分野におけるメタバースの構造変化について解説していく。
物流業務には国際輸送や幹線輸送、倉庫業務、ラストワンマイルを含む配送など幅広い領域が存在する。ここでは、その中でもデジタルツイン活用がより進んでいる倉庫業務を中心に述べたい。物流会社は現在、配送業務と並んで倉庫業務への付加価値向上に向けた投資を拡大している。トラック運転手など配送の人出不足解消のためのギグワーカーの活用や配送ルート最適化、マッチングプラットフォーム活用、ラストワンマイルを担うロボット/ドローンの検討などの配送領域の取り組みに加えて、倉庫領域の取り組みを活発化しているのだ。
日立物流はEC物流向けのスマート倉庫を整備し、従量/利用課金制で利用企業に提供する「スマートウエアハウス」を展開している。倉庫のサブスクリプション、いわば「倉庫 as a service」の形態だ。EC化が進む中で初期投資や固定費を抑えつつ、先端/標準の倉庫オペレーションが使える。また、佐川グローバルロジスティクスはEC向け先端倉庫の「Xフロンティア」を強化し、大和ハウス工業や三井不動産などはスタートアップをはじめとした技術企業との連携のもと、先端倉庫の提供を加速している。
物流業界は以前からECによる取り扱い荷物の増加傾向が見られたが、コロナ禍での「巣ごもり需要」がさらに拍車を掛けた。それによりオペレーションが複雑化し、その対応に向けた転換を迎えている。例えば倉庫業務においては、自動倉庫やコンベヤー、ソーターなどの大規模、固定的な設備から、自律的に人や障害物を回避して走行するAMR(自律搬送ロボット)などフレキシブルに変化できるオペレーションが求められている。レイアウトや仕向け地などの変更に柔軟に対応するためだ。
先述の通り、AMRはセンサーから現場状況の簡易デジタルツインの3D環境地図を生成し自己位置の推定や、ルートの設計、障害物回避などを行う。倉庫や物流センターの在り方も、従来は大都市圏に大型センターを整備し、そこから各地域の小規模拠点に展開していく流れであった。これが、中規模拠点を各地に配置して、仕向け地に応じた柔軟な対応が求められるようになってきているのだ。
倉庫のオペレーションの難しさは、「波動」とも呼ばれる季節や月/週/日、さらには時間単位で生じる物量、荷姿の変化に対応しなければならない点にある。このため業務の標準化が難しく、イレギュラー対応を行う中でヒューマンエラーが頻発していた。現在、FA(ファクトリーオートメーション)企業などが製造業分野から倉庫業務支援へと事業領域を拡大したり、デジタルツインをはじめとしたデジタルソリューションを展開したりすることが増えているが、それには波動対応など物流領域固有のオペレーション対応に注目することが必須だといえる。
上記状況の中で、モノ/機械/人の作業の動きを可視化してシミュレーションするとともに、複雑化する機器へ制御、フィードバックを行うデジタルツイン、メタバースの期待が大きい。従来、モノの情報管理はWMS(Warehouse Management System)が、自動倉庫やコンベヤーをはじめとしたマテリアルハンドリング機器の制御はWCS(Warehouse Control System)と呼ばれるソフトウェアが行っている。
AMRやアーム型ピッキングロボットなど、物流機器が多様/複雑化する中で、モノの流れと連携した全体制御をいかに実現するかが課題となっている。加えて、倉庫オペレーションにおいては機器の動きを最適化するだけではなく、人作業の動きのバランスの中で、スループットをはじめとした倉庫業務全体の生産性を高めていく必要があるのだ。
Datumixは2017年に鈴木智之氏がシリコンバレーで設立(日本拠点は2018年設立)した物流領域のデジタルツイン関連のスタートアップであり、本社米国シリコンバレー、東京支社の2拠点体制で展開している。同社のデジタルツインは、ゲームエンジンなどを活用して現実にある倉庫のオペレーションを3D空間で再現してシミュレーションを行う。デジタルツインであるべきオペレーションのシミュレーションを行うことで、現実世界で見えてこなかった課題の事前分析を行うとともに、解決策の検討ができる。
図2がマテハン企業のトーヨーカネツと連携して、倉庫のデジタルツインを構築してシミュレーションを行った事例だ。物流倉庫は荷物の量や種類の変動が大きく、機器の導入時からオペレーションの在り方が大きく変化し、導入時の制御ソフトウェアが価値を十分に出せなくなることも多い。そこで、デジタルツインを通じて機器制御を行うソフトウェアのWCSを、変化に柔軟に追従するよう高度化しているのだ。
例えば、ECではユーザーが複数の商品をまとめて購買することが多いが、それらの商品を一つの梱包に集約する作業がボトルネックとなりやすい。デジタルツインで自動倉庫からの出庫の場所やルートなどをシミュレーションして最適化することで、最短での出庫を実現している。
Amazonは倉庫のレイアウト設計や、ロボットのトレーニングなどでNVIDIAの「Ommniverse」(詳細は第3回を参照)を通じて倉庫メタバースを活用している。ロボットシミュレータ「Isaac Sim」なども活用して、棚搬送ロボット「Proteus(プロテウス)」や、ピッキングロボットの導入において、導入や検証を行った。
なお、ここでは生成AI(人工知能)が重要な役割を果たしている。メタバース環境上で仮想的にロボットの動作環境を再現し、そこでロボットのトレーニングやインテグレーションを行う。障害物を検知して回避しながら搬送を行う自律搬送ロボットや、様々な対象物を取り扱うピッキングロボットなどでは、さまざまなパターンの環境でトレーニングして動作を高度化させる必要がある。そうした際に、生成AIを通じてパラメータを設定したメタバース環境や学習データを大量に生成して、ロボットをトレーニングできるのだ。
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