概念は素晴らしくても、果たしてこうした4つの面がうまく実施されている例はあるのか? という疑問を持たれる方も多いでしょう。実は、筆者の長年にわたるシミュレーションに関する海外事例の視聴体験と論文研究から分かっていることは、欧米の先端企業は常に最新の技術を取り入れながら、同時に長期的なビジョンに基づいて活動しており、継続性と蓄積があることです。
そうした優れた取り組みに共通しているのは、組織のトップがシミュレーション(あるいはデジタル)の重要性を明確に認識して、メッセージを社内外に伝えており、10年以上のビジョンを持ち、強力な実行/支援組織を持っているということです。文化(WHY)と体制(HOW)が盤石であれば、技術(WHAT)とその活用(HOW)が優れているのは当然のことです。結果として、4つのカテゴリーがバランス良く成立しているというのが、シミュレーションを活用した長期ビジョンを実行し、成果を上げている企業の特徴なのです。繰り返しますが、技術(WHAT)だけが優れていても成果につなげるのは難しいのです。本連載では、可能な限り公開されているURLを皆さんにお伝えしていこうと考えています。そうした事例の意味を、Simulation Governanceの構図の中で理解していただきたいのです。
少し脱線しますが、そうした欧米の取り組みを、例えば中国、韓国やインドの企業がしっかりとウォッチしていて、その技術と考え方を倍速以上の勢いで吸収しようとする動きを見ることができます。特に、勃興当時の中国、韓国やインドの企業は、過去の成功体験もしがらみもない分、若い世代が貪欲に急速に欧米のあるいは日本の技術を学び、自分たちのものにするのです。そうした中で、残念ながら日本の企業はほんの一部を除いて、そうした動向に気付いてさえもいない、という構図が10〜20年と続いているのです。遅れに気付いているのであればまだしも、気付いてさえもいないというのは、実に深刻な状況であると考えます。
5〜6年ほど前に中国とインドに出張し、筆者の専門であるPIDOとSPDMをテーマにしたセミナーに登壇した経験があります。参加しているのは主に20〜30代の若い人たちで、彼らの目の輝きや熱心さはこれまで日本では見たことのないものでした。その当時の時点で、PIDOは日本で広まって20年の技術、SPDMは8年前に登場している技術です。日本では最先端には見えないですが、中国やインドの若いエンジニアたちからすれば初めて聞く最先端技術ですから、「この機を逃してはならない!」というものすごい興味の強さ、勉強意欲を感じるのでした。人口の多さや規模の問題ではなく、向上心、熱心さ、貪欲さにおいて、このままでは日本はすぐに負けると感じたのでした。
筆者は「日本はダメだ」と諦めてはおらず、希望を持っています。正しいメッセージを出し続ければ、それを正しく受け取って一緒に活動してくれる人たちが必ずいるからです。技術を真に活用するには継続と蓄積が重要であることを理解していただける方々がいるはずだからです。こうしたマインドを皆さんと共有しながら連載をしていきます。次回はいよいよ「Simulation Governanceの詳細」に入っていきます。 (次回へ続く)
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工藤 啓治(くどう けいじ)
ダッソー・システムズ株式会社
ラーニング・エクスペリエンス・シニア・エキスパート
スーパーコンピュータのクレイ・リサーチ・ジャパン株式会社や最適設計ソフトウェアのエンジニアス・ジャパン株式会社などを経て、現在、ダッソー・システムズに所属する。39年間にわたるエンジニアリングシミュレーション(もしくは、CAE:Computer Aided Engineering)領域における豊富な知見やノウハウに加え、ハードウェア/ソフトウェアから業務活用・改革に至るまでの幅広く統合的な知識と経験を有する。CAEを設計に活用するための手法と仕組み化を追求し、Simulation Governanceの啓蒙(けいもう)と確立に邁進(まいしん)している。
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