電子楽器開発で40年以上の歴史を誇るカシオ計算機は、グリッサンド奏法の操作性を維持するために採用してきた旧来の鍵盤構造を見直すべくCAEを活用。新たなヒンジ形状を導き出し、作りやすい鍵盤構造を実現することに成功した。その取り組み内容とCAE活用の展望について担当者に話を聞いた。
ピアノの演奏技法の1つである「グリッサンド奏法」。4本の指を滑らせるように鍵盤にはわせ、1音1音を区切らず一定の速度でつなげ、流れるように音階を移動させていく奏法として知られている。本格的なアコースティックピアノだけでなく、鍵盤の打鍵を感知してデジタル音源を奏でる電子ピアノや電子キーボードなどでも、演奏テクニックとして用いられている。
指で一つ一つ鍵盤を上から押すのとは異なり、グリッサンド奏法は鍵盤の上に置いた指を横方向に滑らせていくため、鍵盤には横向きの力が加わる。それ故、鍵盤の剛性が低い(特に横向きの力に弱い)と、鍵(けん)と鍵とがぶつかり合って“カチャカチャ”とした音が鳴り、楽器としての品位を著しく低下させてしまう。
電子楽器開発で40年以上の歴史を誇るカシオ計算機(以下、カシオ)では、電子キーボードの鍵盤部分に鍵の横振れを防止するガイド機構を設け、さらに、鍵盤の内側とガイド機構の両サイドがこすれ合わないようにグリスを塗布することで、グリッサンド奏法の操作性を維持してきた。
しかし、鍵盤の内部とガイド機構の摩擦を軽減させるグリスは、経年変化によって固着したり、効果が低減したりといった課題を抱えている。また、ガイド機構もグリスを塗布する関係上、鍵盤内部ギリギリに収まる厳しい寸法公差が要求されるため、作りやすい構造とは言い切れなかった。
そこで、同社はガイド機構やグリスを用いずに“作りやすさ”を追求し、旧機種同様にグリッサンド奏法の高い操作性を維持できる新たな構造の検討に着手。設計プロセスにおいてCAEを活用することでフロントローディングを実践し、新たな鍵盤構造を確立したのだ。
本稿では、カシオ社内でのCAE活用の推進役を担う、同社 技術本部 機構開発統轄部 機構技術開発部 リーダーの遠藤将幸氏と、楽器設計を担当する同社 技術本部 機構開発統轄部 第二機構開発部の赤石明人氏に、CAEを活用した新鍵盤構造の取り組みと効果、今後の展望について話を聞いた。
これまで、ガイド機構やグリスによって低減させていた鍵盤の横振れは、そもそも鍵盤のヒンジ部の剛性(横向きの力に対する弱さ)に起因して生じるものであったため、ヒンジ形状の改善がカギを握る。横振れに強い新たなヒンジ形状が生み出せれば、ガイド機構やグリスの塗布が不要となり、鍵盤構造としての作りやすさも向上できる。
設計者の赤石氏は「作りやすさをテーマに、ガイド機構やグリスをなくすとなると、設計の自由度は格段に高まるが、やはりグリッサンド奏法をした際の横振れについての懸念は大きく、どのようなヒンジ形状が最適なのかをしっかりと見極める必要があった」と振り返る。
ただ、やみくもにヒンジ部の剛性を高くし過ぎると、鍵盤の操作性や弾き心地が悪くなるばかりか、ガチガチに固くなることでヒンジ部の耐久性が著しく低下してしまい、わずかな使用回数でヒンジの根元が折れてしまうといったことが起こり得る。
「こうした問題が生じてしまう可能性を踏まえ、バランスの良い最適なヒンジ形状を導き出す必要があった。そこで、CAEによるシミュレーションを取り入れることにした」と遠藤氏はCAE活用の経緯を語る。
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