「PPT」というビジネス改革を進める上でよく出てくるフレームワークをご存じの方も多いでしょう。「PowerPoint」のファイル形式ではなく、“People, Process and Technology”の略称ですね。Simulation Governanceの全体像を構築するに当たり、初めに思い付いたのがこのPPTフレームワークでした。
シミュレーション技術は、そのままTechnologyでよいでしょう。活用手法をProcessにひも付けました。なぜなら、設計プロセスの中で使い倒されることこそが、シミュレーション技術の活用そのものだからです。Peopleを、シミュレーションを使う人というだけではなく、技術を育て、支援し、活用する組織全体=体制に当てはめることにしました。これでPPTに収まったのですが、何となくまだ物足りない感が残り、想起したのがCulture(文化)でした。「デジタルリテラシー」という言葉に代表されるような文化的側面は無視できないどころか、デジタル化の遅れ全てに起因しているように思われるからです。
さて、PPTに“Culture”の「C」を加えた図2が、筆者が定義するSimulation Governanceの概念図です。文化、技術、活用、体制の順に見ていきます。
真ん中に文化を据えました。長期ビジョンを持っているか否か、経営層にデジタルリテラシーがあるか否か、全社でデジタルを使い倒す覚悟があるか否か、などの組織文化は、危機意識と課題解決意思を持ち、正しい変革を推進する上で、全ての基盤となるからです。共感を促すための仕組みとして有名な「ゴールデンサークル理論」のWHYに位置付けられます。WHYが存在しないことには、HOWもWHATも意味をなさないことを意識するためです。文化の側面は、シミュレーションに限らずデジタル化全般に関わる項目になるでしょう。
CAEに関わる方々は技術領域を最もフォーカスしていながら、一番苦労しているところでもあるでしょう。CAEのアプリケーション開発、モデル開発、データ作成、計算、結果処理など、正しい答えを出すための一連の技術作業は、解析領域ごとに数多くのアプリケーションがあり、ベンダーがあり、研究者や開発者がいて、利用者を支えています。技術のコアは日々進歩しており、スーパーコンピュータ「富岳」での適用例に代表されるように世界の先頭を走るレベルのシミュレーション技術が駆使されています。企業においては、最新のソフトウェアが多数活用されています。そうした製品や技術情報は既に世の中にあふれています。とはいえ、CAEを使っている現場では「実験と合わない」「精度が出ない」「モデル作成に時間がかかる」「他の担当者に任せられない」などの泥臭い課題と日々相対しています。ゴールデンサークル理論的に見ますと、WHATに相当する技術は、利用者もベンダーも研究者にとっても、作業と成果が具体的なので、実施しやすいのです。放っておいても、技術はどんどん進歩し、レベルは上がっていくでしょう。ですが、問題はHOWと連携しないことには、WHATだけでは真の成果は出ないということなのです。
設計開発業務プロセスの中でのCAEの位置付けは、果たしてどこまで明確になっているでしょうか。CAEをプロセスのどの場面で、どのように活用すれば最も効果が出るのか、共通理解はあるでしょうか。CAEが使われている場面をよくよく伺うと、トラブル対応や出図後の検証である場合が多くあります。3D図面ができているので、CAEのモデルも作りやすいという事情はあるにせよ、出図後ということは、どんなCAE解析を行ったとしても事後対処であって、設計に大きな影響を及ぼしません。Digitization段階でとどまっている利用方法の典型例です。むしろ、出図前にいかに効果的にCAEを活用するかが重要です。活用場面をしっかりと意識した上で、Simulation Governanceの背景整理の図(図1)で示したような活用手法を駆使することにより、CAE技術の成果が出てくるのです。ゴールデンサークル理論的には、HOWに相当します。HOWなしでのWHATはその効果を発揮できないのです。
CAE担当者は高度な専門知識を持つことや属人的な業務が多いことから、「周囲の関係者から正しい理解を受けられにくい」「期待値とのギャップがある」「組織連携や支援が不十分」などの組織的な課題も多く抱えています。裏方的な役割が多い故に、CAE担当者の活動の役割が曖昧(あいまい)で、負荷が大きく人材育成も困難という状況が見られます。情報収集、共有、発表といったコミュニケーションを駆使しないと、最新技術や製品に対応できません。体制の問題は、長期的に着実に実施して初めて成果が出てくるという意味では、Simulation Governanceの特質をよく表しているカテゴリーでもあります。体制も活用と同様、HOWに相当します。WHAT(技術)は、2つのHOW(活用と体制)があって初めてその価値を発揮するのです。
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