Simulation Governanceの全体像を俯瞰するシミュレーションを制する極意 〜Simulation Governanceの集大成〜(2)(1/3 ページ)

連載「シミュレーションを制する極意 〜Simulation Governanceの集大成〜」では、この10年本来の効果を発揮できないまま停滞し続けるCAE活用現場の本質的な改革を目指し、「Simulation Governance」のコンセプトや重要性について説く。連載第2回は「Simulation Governanceの全体像を俯瞰する」と題し、この大きなテーマの姿を大局的に眺めてみる。

» 2023年09月25日 08時00分 公開

 ダッソー・システムズの工藤啓治です。前回から、おそらく大多数の読者の皆さんには聞き慣れないかもしれない「Simulation Governance(シミュレーションガバナンス)」というテーマで記事を執筆し始めました。まずは、前回の記事のまとめも兼ねて、なぜこのテーマが重要なのかについて述べてみましょう。

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Simulation Governanceの背景整理

 “CAEのデジタル化3段階”というレベルで考えると、日本においては第1段階のDigitizationとしてのCAE利用(CAEを単に使っている状態)がいまだ大半であり、第2段階であるCAEのDigitalization(属人化排除、標準化、自動化促進)に至っているのは限定的で、さらに第3段階のDigital Transformation(DX/オールデジタル化とCAE主導型設計プロセス)に到達している企業利用層は極めて少ないのではないか、という状況認識を筆者は持っています。日本においては最先端のCAE技術が使われているのは事実ですが、果たしてそのようなCAE技術や費やされている時間やリソースのうち、どの程度が真に設計に活用されて効果を上げているのだろうか、という疑問が生じているのです。CAEという車輪はたくさんあり回っているように見えるけれども、果たしてどれだけが空回りせずに動力として活用されているか、ということです。

 このことはまた、日本のデジタル化が進んでおらず、むしろ後進国であるというこの数年の調査/指摘を思い起こさせます。CAEもデジタル技術の一部なので、根本は、デジタル化の後進国的状況とつながっているのではないか、そうした日本を特徴付ける文化的側面もあるのではないか、という連想も生みます。

 そこでトップダウン式で1つの仮説を立ててみます。図1のSimulation Governanceのあるべき像(仮説)をご覧ください。

Simulation Governanceのあるべき像(仮説) 図1 Simulation Governanceのあるべき像(仮説)[クリックで拡大]

 最上段には変革効果の例が書かれています。よくある変革目標の例を一般化したものです。実際には「新製品毎年XX件増加」や「開発期間YY割短縮」といった数値目標が示されます。次の段は、効果を生むための業務変革の例が書かれています。2〜5年かけて実施する具体的な施策やプロジェクトだとお考えください(前回のデジタル化3段階のDigital Transformationに相当します)。こうした施策の中に、シミュレーションを活用するテーマが含まれていると想定してみましょう。そうしますと、いきなり最下段のSIM技術(Simulation技術のこと)から業務変革テーマにつながるのは難しく、その間にSIM技術を活用するための手法が必要になるはずです。

 しかし、この活用手法の段階が大きく抜けているのが、もしかすると日本のCAE活用の現状ではないだろうか、というのが筆者の仮説です。もっと言うと、数ある業務変革プロジェクトの中にCAEが活用されている場面が少ないのではないか、ということです。活用手法の適用場面が少ないが故に、せっかくの優れたSIM技術群の効果が生かされずに、業務変革に採用されないのではないか、という見立てです。SIM技術は、デジタル化3段階のDigitizationに相当し、活用手法がDigitalizationに相当すると見てもおおむね間違いではないので、要するにDigitalizationレベルに到達し切れていないのではないかと見てもいいでしょう。これだけ「デジタル化だ!」「DXだ!」と叫ばれているのに、デジタル化の最たる分野であるCAEが表に登場してきていないのではないか、という危惧です。実は活用手法で示されている項目のほとんどは、筆者の専門である「PIDO(Process Integration and Design Optimization/いわゆる最適設計〜ロバスト設計)」と「SPDM(Simulation Process and Data Management/シミュレーションのプロセスとデータ管理)」という領域です。この20年以上、PIDOとSPDMを啓蒙(けいもう)/活用促進してきたわけですが、実のところまだまだ浸透し切れていないという実感を持っているのが、この仮説の理由です。

 仮にこの仮説が正しいとして、それでは活用手法のところをもっと頑張ってもらえればいいのではないか、と思われるでしょう。繰り返しますが、20年以上この分野で仕事をしてきてこの状況を変えるのはそう単純ではないことも分かってきました。そうした課題意識を持っていたころに、前回お話したNAFEMS(シミュレーションに関する総合的な情報共有、教育活動やイベントを行っているNPO)でのSimulation Governanceに関するセミナーを受講し、「これだ!」と直感したのです。足りていないのは、シミュレーションの技術だけでも、活用技術だけでもなく、シミュレーションに関わる組織として全体的で長期的な視点に基づく活動なのだ、ということに気付かされたのです。技術を磨くのは当然として、それを活用し支える基盤要因も一緒に考えないといけないのではないか、それらの総合体こそがSimulation Governanceといえるのではないか、ということです。まさに、図1を実現するための実施項目を網羅することが、Simulation Governanceだと想定できるのです。

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