デザインを良くするにはお金(コスト)が必要か?設計者のためのインダストリアルデザイン入門(5)(4/4 ページ)

» 2023年06月19日 09時00分 公開
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コストをかけずにデザインを良くするためには?

 ここで、過剰なコストをかげずに製品の価値向上に成功している例を2つ紹介します。

 かたちのバランスを整えたり、操作ボタンのかたちや位置に配慮したり、表面性状にコントラストを付けたりなど、コストをかげずに製品のデザインを改善する方法は多岐にわたります。ここで紹介する2つの例は、1つの製品に関するデザインの成功事例ではなく、製品シリーズ全体でデザインを巧みに活用して、その価値を高めることに成功した例です。

【ケース1】プラスマイナスゼロ「2.5Rシリーズ」

プラスマイナスゼロの「2.5Rシリーズ」 図2 プラスマイナスゼロの「2.5Rシリーズ」 出所:プラマイゼロ

 家電ブランドであるプラスマイナスゼロの「2.5Rシリーズ」は、全周2.5mmの角Rを特徴としたさまざまな製品を展開しています。この角R2.5は工業製品で使用する角Rとしては比較的大きめであり、手になじむだけでなく製造の観点でも懸念が少ない形状です。やっていることは非常にシンプルな処理ですが、これをシリーズ全体に採用することで製品に一貫性を持たせて魅力を高めるという試みは、デザインとそのコストの観点から大変興味深い取り組みだといえます。

【ケース2】象印マホービン「STAN.シリーズ」

象印マホービン「STAN.」の電動ポット 図3 象印マホービン「STAN.」の電動ポット 出所:象印マホービン

 象印マホービンの「STAN.シリーズ」の特徴的なテーパー形状はシリーズの一貫性を持たせるだけでなく、製造上の抜き勾配も兼ねた優れた形状です。この例のように、一目で認知できる特徴的な造形言語を製品シリーズに採用してシリーズ全体の統一感を創出する手法は、カラーやロゴなどを統一させるよりもコストパフォーマンスが高く、製品やそのシリーズ全体の価値向上に非常に効果的であるといえます



 ここで紹介した2つの例のように、造形に限らず、色や操作手順、ロゴの表記などの考え方に一定のルールを設けることを「デザインポリシー」といいます。デザインポリシーを設定することで、製品単体で見たときに特別なかたちでなくとも、製品シリーズが並ぶことによって、そこに意味をもたらすことができます。もしも、同じシリーズで多くの製品を開発するのであれば、これに取り組まない手はありません。

 また、デザインポリシーはコンシューマー製品に限らず、産業機器のデザインにも応用できます。デザインポリシーによって同じ操作方法、UI(ユーザーインタフェース)、意匠にすることは顧客の買い替えを防ぎ、さらにはクロスセルにも貢献します。例えば、産業機器メーカーが自社製品の色を統一していることがしばしばありますが、わざわざ特注塗料を作ってまで塗装をしているのにはそうした狙いがあります。「その色の製品を一目見れば、どこのメーカーのものであるかを認知できる」ことは企業にとって非常に重要な機能です。また、それが印象に残るようなデザインであれば、ユーザーが新しい機材を購入する際に候補として思い浮かべる複数社のうちの1社に入れる可能性も高まります。

 さらに、定性的な判断を強いられることが多いデザインの推進において、ミクロな視点ではどうにもこうにも判断が難しいケースがあります。そんなときに、マクロな視点で策定されるデザインポリシーは大きなよりどころとなります。無限の選択肢があるデザイン業務の良さは“自由であること”のようにも思いますが、こと工業デザインにおいては“よりどころ”になるものが多ければ多いほどよいのです。

まとめ

 今回は、良いデザインの定義に始まり、デザインとコストの関係、デザインの評価方法について解説しました。特にコストを踏まえてデザインをどのように評価すべきかの話は製品開発の現場では頻出です。設計者として推し進めたいデザインがあるのであれば、ぜひ本稿を参考にして取り組んでみてください。 (次回へ続く

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Profile:

菅野 秀(かんの しゅう)
株式会社346 創業者/共同代表

株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他

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