以上の知見を基に、ひとのモデリングの考え方について聴覚を例に考える。ひとの刺激に対する応答は体の各部位を通して、機械受容器に伝わる。そこで、ひとへの入力から機械受容器までをひとの物理モデル、機械受容器から先の脳に至る部分を「ひとの感性モデル」と呼ぶことにする。すなわち、
ひとのモデリング=ひとの物理モデリング+ひとの感性モデリング
と分けて考えることにする。
図6に、従来のひとのモデリングと物理モデルと感性モデルに分けたひとのモデリングを示す。従来のひとのモデリングでは、既に述べたような課題があった。物理モデルと感性モデルに分けたひとのモデリングでは、個人によって異なる人体→耳介→外耳道→鼓膜→耳小骨→卵円窓をもののモデリング同様に機械的にモデリングすることにより、個々人の特性が評価可能となる。
一方、蝸牛以降の脳に至る部分は現状の知見ではモデル化が困難であり、従来の感性設計の手法に当面は頼ることになる。
図7に、ひとによって異なる外耳道における音の変換プロセスを示す。外耳道の長さは約2.5cmであり、これから外耳道の音の共振周波数は3.4kHzとなる。このため、聴覚感度を示す等ライドネスレベル曲線は図7に示すように、音の周波数が3.4kHzで最も感度が高い。
一方、外耳道の長さ、外耳道表面の材質は個人によって異なる。従って、鼓膜に伝わる音も個人によって異なるはずである。すなわち、等ラウドネスレベル曲線は多くのひとの平均値であり、実際には個々人の曲線が存在する。
図8に、耳小骨による音の振動への変換プロセスを示す。鼓膜表面の圧力は力となって耳小骨に伝わり、てこの原理と面積の関係で圧力を約20倍に増幅されて卵円窓に伝わる。この場合も、鼓膜の面積、耳小骨の長さ、卵円窓の面積などにより、卵円窓への入力も変わってくる。別の言い方をするならば、これらを機械的に表現することにより、個人差を表現することが可能となる。
今回は、ひとのモデリングのアプローチについて、その考え方を紹介した。次回はこれを受けて、ひとのモデリングの具体例として、エレベーターの乗り心地のモデリングについて紹介する。 (次回へ続く)
大富浩一(https://1dcae.jp/profile/)
日本機械学会 設計研究会
本研究会では、“ものづくりをもっと良いものへ”を目指して、種々の活動を行っている。1Dモデリングはその活動の一つである。
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