なぜ今デライトデザインなのか? ものづくりの歴史も振り返りながら考えるデライトデザイン入門(1)(1/2 ページ)

「デライトデザイン」について解説する連載。第1回では「なぜ今デライトデザインなのか?」について、ものづくりの変遷を通して考え、これに関する問題提起と、その解決策として“価値づくり”なるものを提案する。この価値を生み出す考え方、手法こそがデライトデザインなのである。

» 2021年03月25日 10時00分 公開

 本連載では「デライトデザイン」に関してお話する。そもそも、デライトとは何か? どうしてデライトデザインなのか? 初めてこの言葉を聞く人はそう思うに違いない。連載第1回では「なぜ今デライトデザインなのか?」について、ものづくりの変遷を通して考え、これに関する問題提起と、その解決策として“価値づくり”なるものを提案する。この価値を生み出す考え方、手法こそがデライトデザインである。そして、デライトデザインを考える際に重要となる“製品と商品”の関係にも触れる。

※)「ものづくり」の表記について:MONOistでは「モノづくり」で表記を統一していますが、本連載では「もの」と「モノ」の違いを重視していることから「ものづくり」としています。

ものづくりの歴史を振り返る

 図1にものづくりの変遷を示す。ものづくりにおいて、「設計」と「生産」は車の両輪である。設計はものづくりの方向を決める前輪であり、生産はものづくりを加速する後輪ともいえる。ものづくりの規模が小さく、複雑でなかった時代は設計と生産は一体となり、いわゆる“ものづくり”が行われていた。その後、人の生活を豊かにする「モノ(物)」が大量生産技術の向上とともに世の中に充足し、ものづくりの研究や技術も飛躍的に向上した。この時期において、特に日本の生産技術は世界をリードしていた。また、設計においても日本発のオリジナル製品が創出された。1950年代から1980年代までは、このようなモノが人の生活を物質的に豊かにした時代といえる。

 1990年代以降はモノの充足とともに環境問題も加わり、ものづくりは新たな局面を迎える。物質的に充足した状態で、心の充足を目的としたものづくりが始まった。これにはインターネットをはじめとするITの進化も連動している。また、製品の形態も1980年代まではメカを中心としたモノが主体であったが、1990年代以降は最終形態としてはメカであるが、実態はメカという衣装をまとったメカ/エレキ/ソフト融合製品が主体となった。これに伴いものづくりも大きく変化し、その流れに追従できない企業は次第に衰退していった。このような背景の下、大量生産技術に機軸を置いた日本のものづくりは相対的に“弱体化”の兆候を示すようになった。特に、2000年以降はモノとサービスが融合したものと人との関わりが強くなり、ものづくりの形態自体が変化しつつある。なお、「もの」と「モノ」の違いについては、参考文献[1]を参照されたい。

ものづくりの変遷 図1 ものづくりの変遷 [クリックで拡大]

 図2は、製品(商品)に対する顧客要求の変遷を示したものだ。値は要求の度合いを示し、この値が大きいほど、顧客が強く要求していることを示す。参考文献[2]を基に作成した表に、筆者らが考える2021年の予想を追記したものである。このように、「ちゃんと動く」「長持ちする」「メンテしやすい」といった機能は“当たり前品質(これだけでは差別化できない)”となっており、「カッコいい」「最新の技術/機能」がますます必要とされていることが分かる。

顧客要求の変遷 図2 顧客要求の変遷 [クリックで拡大]

参考文献:

[1]「もの」づくり力はイノベーション力 「モノ」との違いにこだわる(日経ものづくり2006年6月号)
[2]David G. Ullman, The Mechanical Design Process, Fourth Edition, McGraw Hill, 2010


ものづくりから価値づくりへ

 ものづくりでは図3(左)に示すように、「性能」と「コスト」は相関関係にある。一般に、性能を上げようとするとコストも上がり、性能を一定以上アップしようとするとコストはそれ以上に必要となる。これが現状のものづくりの限界を示している。この対応として、直近の20年間余り、多くの企業がITを導入し、生産拠点を中国や東南アジアなどに移してのコスト削減に努めてきたが、これも限界に達している。今や中国などは、単にコストが安いだけでなく、日本と同等あるいはそれ以上の性能を有する製品を作れる実力が備わってきており、日本のものづくりはますます窮地に陥っている。

 この状況を打破するためには、性能とコストの2軸だけでものづくりを考えるのではなく、第3の軸として「価値」を考える必要がある。図3(右)に示すように、価値も性能やコストと一定の相関があることは否定できないが、価値をうまく設定(デザイン)することにより、性能、コストとは相関の少ないものづくりが可能となる。これを“価値づくり”と呼ぶことにする。

ものづくりから価値づくりへ 図3 ものづくりから価値づくりへ [クリックで拡大]

 それでは、「価値」とは何であろうか。辞書(広辞苑)を引くと、「物事の役に立つ性質・程度。経済学では商品は使用価値と交換価値とをもつとされる」とある。一般には、価値といえば“使用価値”であるが定量化が難しい。一方、“交換価値”は簡単に言ってしまえば「いくらで売れるか/いくらで買ってくれるか」であり定量化が可能だ。そこで、ここでは価値=価格と考えて、いくつかの製品(商品)の価格を調べて見た。その結果が表1である。ノートPC、自動車、クリーナー、ドライヤー、ボールペンに関して、常識的な範囲での最低価格、最高価格、価格比(最高価格/最低価格)、価格差が生じる要因(文字フォントの大きさがその影響の大きさを意味する)を分析した。この結果、製品(商品)によって、価格比に大きな違いがあること、価格比が小さい製品(商品)では性能が、大きい製品(商品)では高級感が主たる要因になっていることが分かる。

製品(商品)の価格差とその要因 表1 製品(商品)の価格差とその要因 [クリックで拡大]

 画像1は、筆者の一人が日頃使用しているボールペンである。左下のボールペンは右上のボールペンの100倍程度価格差がある。ただ、それが100倍書きやすいかというと、そこまでの差はない。では、なぜ人は高いボールペンを買うのだろうか。確かに、高いボールペンの方が材質もいいし、デザインもいいのでコストがかかっていることは理解できるが、価格ほどの差があるとも思えない。この辺りに、価値づくりのヒントがあるように思う。

価格が大きく異なるボールペン 画像1 価格が大きく異なるボールペン [クリックで拡大]
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